■青白い流れに揺らめく朧げな影

張り切って釣り上がっていくのですが、なにも反応が得られません。退渓予定の場所まで来たので、残念ですがロッドを畳み斜面を登ることに。名残惜しく、一段高いところからもう一度流れを眺めました。
深い谷底はすでに日陰になっており、白い川床にはどことなく幽玄な雰囲気漂っています。すると、水の流れに不自然な揺めきを見つけました。気になって凝視していると、川床よりわずかに暗い色の物体が蠢いています。ちょうど25cmほどの魚体のような形状の……、いや魚体そのものです! 急速に胸が高鳴ります。そっと河原に引き返しました。
岩陰に身を潜め、フライを結び替えながら横目で見ていると、どうやら魚は2匹いるようです。決まった位置に定位しているわけではなく、ふらふらと底を這うように泳いでいたり、背ビレが出そうなほど岸に寄ったりしています。やがて緩やかな流れの下に入ったタイミングでその上流にフライをそっと落としました。1投目、2投目は完全に無視されましたが、3投目に流れていくフライにようやく気がついたのか、興味深げについてきました。
フライとイワナは徐々に筆者の方に寄ってきます。ゆっくり追ってくるのでピックアップしようにもそのタイミングが見いだせないまま、3m先まできました。竿先でつつけそうな距離。そこですっと浮上してそのままフライを咥えました!

勢いよく下流へと走り出すイワナをいなしながら、慎重にネットへと導きます。遠目には青白い渓に見事に同化し朧げだった魚体も、近くで見ると複雑で美しく繊細な色合いを散りばめていました。
谷間から抜け出すと、傾いた日差しが山肌を照らしています。車までは距離がありますが、満足できる一匹が釣れたおかげで足取りも軽く渓を後にしました。萌葱色の森もあっという間に緑濃くなっていきそうです。