信州、長野県南部では桜が散ったかと思えば、あっという間に緑が濃くなってきています。このところの日中の暑さから風呂上がりの夜風が心地よく、網戸にすればカエルたちの合唱が聞こえ、すっかり初夏の様相となりました。

 舞い落ちる桜吹雪のなか、行く春を惜しむように飯田市の山中へフライフィッシングに出かけてきました。

■山笑う季節、意気揚々と下り立った川は……

山あいの桜は散り始めており、風が吹くたびに美しい桜吹雪となっていました

 長野県南部、いわゆる南信地方一番の都市である飯田市。複雑な段丘が作り出す地形ゆえに街と山の境目がないような印象で、少し車を走らせるとすぐに深い山のなかとなります。目的の渓を目指して曲がりくねる山道を進みました。

 標高を上げていくと咲き残っていた桜が風に吹かれて花びらを散らしていました。山肌もすでに新緑となり、淡いトーンの萌葱色で春から初夏への季節の移ろいを感じさせてくれます。杉林の陰に浮かび上がるようなヤマブキの黄色が目に鮮やかです。車を降りたのは朝9時、標高830m地点で気温はすでに20℃を超えていました。

車道の橋から覗いてみた渓。新緑とコントラストを成す青白い流れが印象的です。後ほどこの流れで竿を出しました

 予定していた入渓点は水量こそわずかに増えていただけでしたが、濁りとゴミ(落ち葉や細かな枝)が流れの透明度を下げていました。取材日の前日は夜半から昼過ぎにかけて、しとしとと雨が降っていた影響でしょう。車を停めた場所からでは川の様子は確認できなかったのです。ここまで30分歩いてから森のなかの急な斜面を下りてきました。今さら戻るのは億劫です。ひとまずロッドを振ってみることにしました。

ポイントはふんだんにあるのですが、濁りが気になります。真新しい足跡もありました

 そこはポイントの宝庫でどこからでも魚が飛び出してきそう。濁りも川床の石が見える程度で、水温も11.7℃と悪くない状態です。しかし、しばらく釣り上がるもまったく反応がありません。一度川から上がって一段高い位置の踏み跡を辿って上流へと先を急ぎました。しかし、さらに悪いことに真新しい足跡が河原にくっきりとついています。諦めて本流を引き上げ、小さな支流へと山中を彷徨うように移動しました。

■細流の黒いイワナ

岩盤を削るように清らかな水が流れる支流

 岩盤が剥き出しになったような川床に、おそろしく透き通った水が滔々と流れています。2、3歩で渡れるくらいの細流は、ほとんどが足首ほどの深さで浅いです。前後左右、頭上も覆うように木々の枝が張り出しているので、フライロッドを振るスペースを探しながら遡行していきました。

 魚が潜んでいそうな少しでも深みのあるポイントを見つけ、フライを流すとさっそく水面が割れました。しかし、あまりにも小さなイワナでした。

釣れたなかで一番大きかったイワナ。全体的に黒っぽい魚体が多く、腹はしっかりとオレンジ色でした

 やがて岩と堆積した枯れ枝に覆われた淵(といっても畳一枚程度)が、斜面の陰に暗い水を湛えていました。泡の浮いた反転流にそっとフライを漂わせると水面が割れました。サイズアップして今度は18cmほどのイワナです。環境に馴染むような黒い魚体が印象的でした。

 地形図に載っていない15mほどの高さの堰堤に行く手を阻まれました。落ち込みは激しく水飛沫が上がっており、魚が居着けそうな深みはありません。斜面を登って林道へ。そのまま2kmほど歩いて最初に入渓した本流のさらに上流部へと向かいました。