●静寂の渓流に響く不思議な声 —— 山の神秘に触れる実体験
美しい自然に囲まれた渓流での釣りはただ魚を釣るだけではなく、山の空気や季節の移ろいを全身で感じられる贅沢な時間だ。しかし、時には思いもよらない出来事に出くわすこともある。6年前の春、釣り仲間と訪れた深い谷で、筆者たちは不思議な体験をした。はたして上手く説明できるかどうかわからないが、その出来事について紹介しよう。
■春の訪れと共に思い出す出来事

ツツジやフジの花が咲き始める4月になると、毎年必ず思い出すことがある。6年前の4月上旬。人里をはるか離れた山奥に棲む野生のヤマメを追い求め、筆者は友人とともに車を走らせた。
目的地は林道を小一時間走らせた深い谷。そこには澄み切った清流が流れ、数多くのヤマメが棲んでいた。期待に胸を膨らませながら、友人の車に同乗し、荒れ果てた林道を突き進む。車体は大きく揺れ、そのたびに身体が跳ね上がるほどだった。

やがて目的地に到着。谷底に降りると、春のうららかな陽射しが優しく降り注ぎ、水面がキラキラと輝いていた。水量も多すぎず、少なすぎず、申し分ないコンディションだ。筆者ら3人は、この日がきっと良い釣果に恵まれると確信していた。
ところが、その期待は早々に砕かれた。どれだけルアーを投げても、ヤマメからの反応はない。筆者がようやく25〜26cmのサイズを釣り上げたが、それきりだった。
「おっかしいなあ。もっと釣れてもいいはずなのに」
「気温も水温もバッチリなのにな。前に来たときは、入れ食いだったじゃないか」
仲間との会話が次第にそのトーンを落としていく。陽光は変わらず穏やかに降り注いでいるのに、心の中は次第に薄雲りのような色を帯びていく。そして、そんな私たちにシンクロするように、谷は両岸が次第に切り立ち、陽射しが遮られ深く暗い影を落とし始めた。