記録的なほど寒かった3月が終わり、今月になってようやく春の兆しを感じられるようになりました。いよいよ渓流フライフィッシングが楽しい季節になってきたとワクワクしていたのですが、筆者の住む長野県北部は大雨と雪解け水でかなり水が増え、濁ってしまいました。そこで県南部の南信地方、その中でも雪代の影響がない南信州地域(下伊那地方)まで一気に南下してみることにしました。

 上伊那郡の最南端に実家がある筆者ですが、実は南信州地域は馴染みが薄く、大鹿村や飯田市以外でのフライフィッシングは、まったくの初めてでした。それゆえ今回の釣行は手探り状態で、むしろ期待に胸が高鳴ります。

■四方八方が山の中、無数の渓に誘惑される

重なり合うボリュームある山並み。遠くに南アルプス南部の末端、深南部が覗いています

 下伊那一帯はとにかく山の中です。標高こそ低いものの、山々は複雑に尾根を延ばし渓を刻むように入り組んでいます。川に沿うように走る車道は曲がりくねりながら、ときに深き渓谷、ときに里川の風景を抜けていきます。

 いくつもトンネルをくぐり峠を越えているうちに川の流れゆく方向も変わり、果たしてどちらに向かって走っているのかも不明になるような不思議さがありました。同じ南信でも北から南へゆったりと流れる天竜川を中心にした上伊那地域とは随分と勝手が違う印象です。

 筆者自身、20年以上、場所によっては30年ぶりに通る場所の景色や地名に懐かしさを覚えつつ、ドライブしているだけでうっかり満足してしまいそうです。まだカーナビがなかった頃、この辺りを夜中に何時間も走って再び同じ場所に戻ってきて絶望感に打ちひしがれた記憶が蘇りました。果たして今回の釣行はどんなものになるのでしょうか……。

■美しい花崗岩の渓でアマゴにフラれる

入渓早々、好ポイントが連続して先に進めません

 早朝は層雲が谷間を包んでいましたが、目的の渓に着くころには澄んだ青空が広がっていました。花崗岩の渓は翡翠のような水色で、ついメロンソーダを連想してしまいます。木々が芽吹く前の渓は明るく、枝先が繊細な造形を山肌に輝かせています。

 気温は8℃、水温は8.4℃。まずは様子を見つつ、この時期のパイロットフライにしているソフトハックル(フライの一種)をティペット(ハリス)に結びます。入渓早々、沈めたフライの方ではなく、マーカー(目印)に興味津々で寄ってきた魚影がありました。そこでドライフライに変えてみました。ときおり吹く強い風とポイントの前後の水面まで張り出した枝に邪魔されて窮屈なキャスティングとドリフトを繰り返します。川床に定位しているアマゴの背中が、明るい日差しと透明度の高い水のおかげでヨレの隙間から見え隠れしています。サイズこそ20cmちょっとですが、なかなかセレクティブで一筋縄ではいきません。流し方やフライが好みではないのでしょうか、浮いてきては一瞥してまた元の場所へと戻ってしまいます。

 そんな様子にむしろ愛おしくなってしまい、すっかり夢中になって1時間以上その魚を狙っていました。一度場所を休ませるために時間をおき、そっと河岸から上流へ回り込みました。流れに馴染ませつつフライを沈ませ誘うように動かすこと数回、ついにアタリが来ました。しかしハリに掛かることなく、テンションの抜けたフライのみが力無く揺らいでいました。

一気に移動して下流部へ。涎が出そうな大場所だらけの川でした

 その後、釣り上がるもまったく魚信がなく、車で移動して川を変えてみたりもしましたが、これといった成果もなく夕方になってしまいました。それでも、あどけないウグイスの囀り、流れに飛び込み川虫を咥えて飛び立っていくカワガラス……。そんな春の渓の光景を眺めている時間自体が乙なものです。

水中で川虫を捕まえて浮上してきたカワガラス

※南信州地域では禁漁期間が長い漁協があります。4月や5月に入ってから解禁する河川もありますので、渓流釣りをするには十分に下調べをしてから出かけることをおすすめします。