今から約30年前、世の中が第二次バスフィッシングブームに沸いていたあの頃。日が長くなる夏至の季節、宮城県に住んでいた筆者は、仕事を終えると決まって自宅から車で10分の距離にある野池へ直行し、トップウォーター・ルアー(水面に浮くルアー)を片手に“夕まずめ”の一投に心を躍らせていた。平日は一人静かに、週末は仲間と賑やかに釣果を競い合う。筆者にとって忘れられない楽しい思い出ばかりだ。
しかし、ある日の夕方、野池で起こった出来事は、今も鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。それは楽しい思い出の中に、混じりこんだ“釣り人の背筋を凍らせる”体験だった。
■夏至の夕まずめ、ルアーに連続ヒットするバス


東北地方では梅雨の真っ只中の6月下旬。連日の雨続きにうんざりしていたが、週末は珍しく晴れ間がのぞくという予報に背中を押され、仲間と釣行を約束した。
土曜日、夕方17時。いつもの馴染みの野池に到着すると、水面のあちらこちらでライズ(魚が水面のエサを捕食したときにできる波紋)が広がり、まるで「今がチャンスだ」と語りかけてくるようだった。
我々は声をひそめて岸に近づき、そっとキャスト。夕日に照らされて赤く染まった水面に、ルアーが滑るように蛇行する。初夏の青くさい草の香りが微かに鼻をくすぐる中、ただその時間に身を委ねる。まさに、至福のひととき。
何投かしたそのとき「バシャッ」、 静寂を破るように水面が割れ、魚の確かな手応えがロッドを伝ってくる。「よしっ……きた!」、思わず声が漏れる。アドレナリンが一気に湧き上がる、至高の瞬間だ。少し離れた場所にいた仲間もほぼ同時にヒット。「今日は凄いぞ!」、お互い興奮気味に笑い合いながら、短時間で数匹を立て続けに釣り上げた。夕まずめの爆発力に、二人で夢中になる。
■うす暗くなる静寂と、藪からの気配

釣り始めて約2時間。日が傾き、辺りは徐々に薄暗さを帯びてきた。楽しい時間はあっという間だ。先程まで見えていた景色が除々に闇に飲み込まれる。「もう少しやっていこう。暗くなってからデカいのを釣ったことがある」、筆者は 仲間に提案してキャストを続ける。なんとか水面に広がるルアーの波紋を目で追いながら、次の一投に意識を向けていたそのとき「ガサッ!」、近くの藪が、風もないのに音を立てたような気がした。
しかし、この野池では以前に野良猫やタヌキを見かけたため、筆者はそれほど気にとめず釣りを続行。いよいよ暗くなり、切り上げようとしたそのときだった……。