■盛期の幅広ヤマメは元気いっぱい!

徐々に暗くなってきたかと思うと、唸るような遠雷の響きとともにポツポツと雨が降り出しました。素早くジャケットを羽織ります。これで魚たちの活性が上がりそうと期待が高まります。
対岸の藪の下の暗がりの奥、いかにも良型が潜んでいそうでした。水面スレスレでターンさせたフライがうまく陰に吸い込まれました。フライは見えませんが、すかさずメンディングを繰り返してドリフトを続けると、わずかな水飛沫とともにラインがひったくられました!
バーブレス(フック)なのを知っているかのように、こちらの態勢が整う前に足元に寄ってきたヤマメにあたふたしつつ、どうにかラインのテンションを保ちます。と、今度は勢いよく下流へと走っていきます。

どうにかネットに収めた元気すぎる夏ヤマメ。幅広で隆々とした筋肉質の魚体から突き出すピンと張ったヒレ。角度によって体側のパーマークが明瞭に見えたり、銀色に怪しげに輝いたり、見事なヤマメにしばし見惚れてしまいました。
※ バーブレスフック:カエシのないハリ
■暴力的なほどの強烈な引き味! 主導権握られっぱなしの夏ヤマメ

小粒の雨を降らした雨雲はわずかな時間で通り過ぎ、ふたたび蒸してきました。両岸の森の緑が滲み、高低差の少ない流れは淡々としていて、どこか非現実の世界に迷い込んだよう。
流れ込みから続く、ここまでで一番大きなプールが登場しました。手前にいる(かもしれない)魚を走らせないように、少しずつラインを伸ばしていきます。流心に沿ってプールの真ん中あたりを漂うフライ。小気味よく水飛沫が上がりました!
すかさず合わせると、勢いよくラインが引かれます。暴力的なほどの力強さ、4番のグラスロッドが目一杯しなり、大袈裟ではなく“のされて”います。ティペット(ハリス)は8Xですので無理は禁物、グリップを握る手を緩めてラインを出すと勢いよく上流へと走り去り、一瞬バラしたかと冷や冷やさせられるほど。まるで50cmクラスのニジマスでも相手にしているよう。
興奮しながら右往左往し、どうにかネットに導いたのは先ほどの良型をしのぐ、見事なヤマメでした。美しいけれど、どこか獰猛な野獣を思わせるような体躯。迫力のある夏ヤマメの姿がそこにあります。リリースした後も、川岸の岩に腰掛けて呆然と余韻に浸っていました。

古い情報だとイワナもいるようですが、いまだ姿を見ていません。贅沢な話ですが、今度はイワナを狙ってみたくなりました。狙いを切り替えて探っていきますが、ときおりヤマメが姿を現すのみです。一度だけ反転流から飛び出してきた魚がイワナっぽかったのですが、ハリに掛かりませんでした。
いくつかの支沢と合流しつつ遡行していくと、やがて古い便所のような、どうにも嫌な匂いが鼻につくようになってきました。淀みに浮く泡にも汚れが目立ち、魚も出てこなくなりました。ゲーター越しに沁みる水にむず痒さも感じます。上流には別荘やゴルフ場もあるのですが、排水が混ざっているのでしょうか。明らかに悪化した水質が気になります。
退渓予定の場所まで辿りつき流れを後にしました。ヤマメとイワナの水質に対する適応力の違いはわかりませんが、イワナはいなくなってしまったのでしょうか。今もあの渓に泳ぐ、美しいヤマメの姿を思い浮かべながら帰路につきました。