■行く手を阻む、地図にない滝! その先に待っていたのは……

透き通った水は川底まで見通せ、日が差し込んでいるとさらに透明度を増して、まるで水がないかのよう。相変わらず魚たちの反応は渋いですが、夏色の渓でフライラインを伸ばしているだけで充実感があります。
やがて両岸の岩壁がそそり立ち、ゴルジュのような様相となってきました。奥には青白く水を落とす滝が立ちはだかります。高さは10mほどでしょうか。自分の中にまで染み込んでくるような緑の空間が広がっていました。
ひとしきり滝を眺めてから高巻きし、先へと進みました。元気に泳ぐ魚たちの姿を確認できるだけでも来た甲斐があるのですが、そろそろ一匹くらいは釣りたいところです。
ティペット(ハリス)は8X(0.3号程度)で、キャスティングが可能な限りリーダー、ティペットを長くして、徐々に小さいサイズへとフライを結び変えていたのですが、なかなか咥えてもらえません。
そこで試しにサイズを逆に大きくし、スパイダー(蜘蛛)を模したパターンを結んでみました。すると、どうでしょう。水面に浮かぶフライへと興味深げに寄ってきた魚は、スローモーションのように疑うことなく口を開けます。
すっかり見惚れていましたが、慌てて合わせても十分に間に合いました。小さいと思っていたヤマメは意外と良型で、強烈にロッドを絞ってくれます。バレないようにハラハラしながらも、なんとかネットの中へ。精悍な夏ヤマメが、木漏れ日に鈍く光っていました。

■お約束? 痛恨のバラシ! 夏の思い出の1ページ

ちょうど魚が濃い区間だったのか、時合いなのか、気まぐれなのか、いずれにせよ急に魚たちの反応が素直になりました。テンポ良く飛び出すヤマメたちにすっかり気を良くして油断していたのは否めません。
浅瀬が続くなかでは一番まとまった深みのある筋、フライを流しきってピックアップしようとした瞬間でした。イワナが好むような流心脇、岩のエゴ(岩陰、隙間、窪み)から幅広の魚影がさっと現れてフライをひったくるように攫っていきました。
水中で身を翻した姿は、間違いなく尺(約30.3cm)あるヤマメです。水中を縦横無尽に走る魚にブレーキをかけつつ手元に寄せてロッドを引いたとき、頭上の枝にロッドの先端が激しく当たりました。折れたかと思ってひやりとした瞬間、その機を逃す尺ヤマメではありません。テンションの抜けたライン、バーブレスフックはいとも簡単に外れ、魚は上流へ向かってあっという間に消え去っていきました。
痛恨のバラシ。いつもその日一番の大物は取れない“釣り人あるある”でしょうか。流れの中で反転した艶やかな青紫の幅広の魚体。その美しさが焼きつき離れません。夏ヤマメの思い出がまたひとつ増えました。森の中、ヒグラシの声が切なげに響いていました。