■疑わしきは探れ!

見ていると引き込まれそうなほど色気ある流れ。やはりいい魚が入っていました

 再び先ほどカゲロウたちが舞っていたポイントへ。ライズがないからと言って魚がいない訳ではありません。さらに言うと、水中で盛んに捕食しているかもしれません。前後の流れを考えると、きっとここにこそ大物が潜んでいるに違いない。そう信じてウェットフライを泳がせます。

 一般的にイワナはヤマメに比べて泳ぎが達者でないと言われていますが、この辺りのイワナ、特に良型は流心に着いていることが多いです。微妙に流し方を変えながら、しつこく探っていると僅かに引き込まれるようにラインが動きました。

 フライを咥えた魚は、まるで糸など付いていないかのように縦横無尽に流れの中を泳ぎ回り、ロッドをめいいっぱい絞り込みます。どうにか淀みに誘導してネットに入れてみると、それは見事なプロポーションのイワナでした。

■その姿に見惚れてしまうほど! “完璧な”尺イワナ

ずっと手元に置いて眺めていたい。そう思わされるほど、申し分のないイワナでした

 サイズはピッタリ(尾叉長で)尺サイズ。けれど、大きさよりもその申し分のないコンディションに、すっかり目を奪われてしまいました。僅かに三口(みつくち)になりかけた口元、頬からエラブタにかけて紫がかった金属光沢、魚体に散りばめられた斑のトーンがなんとも妖しげです。各ヒレは大きく発達してピンと張りつめており、欠損もありません。筋肉質な体躯、それでいて柔らかさも感じられます。この辺りでは大型のイワナが釣れることも多く、50cm程度のイワナが釣れる可能性もあります。しかしながら、今まで釣ったイワナとはまた違った感動を覚えました。

 体つきや色から健康状態もすこぶる良い状態であることが窺えます。魚を数種飼育している筆者にとっては、まさに理想の状態でした。薄暮に艶っぽく浮き上がる魚体は魅力的で、すっかり見入ってしまいました。名残惜しいですが、渓流魚を飼育する訳にもいきせん。良い環境だからこそ育まれた、自然の芸術です。

 妙に落ち着いた様子で流れに帰っていくイワナを見送ります。夕闇が迫る中、川辺には藤の花が妖艶な芳香を漂わせていました。なぜだか少し怖くなって、後ろ髪を引かれつつも、足早に車に戻りました。