■妄想こそが釣り人を幸せにする?
河原に降り立ち、ロッドを繋いでいきます。釣り支度をしているこの時間、うわずった心をなだめながらの一連の作業は至福のひとときであり、これは釣りをするすべての人にとって共通するのではないでしょうか。想定以上に春はまだ先の様子でしたが、美しい渓魚が水面を割って躍り出る瞬間を妄想するのを止められません。
完全にフラグでしたね。期待に反して魚の反応は全くなく、唯一釣れたのは10cmほどの小さなヤマメでした。この時期は花粉に悩まされながらの釣果であったことをようやく思い出しました。
一度車まで戻って下流に移動してみました。釣り人の姿をよく見かけるポイントですが、橋の上から遠望しても上流にも下流にも全く人影がありません。カワウの姿すらなく、正直釣れる気がしなかったのですが、山々から水を集めた里川の流れには妙に色気があって、誘われるようにラインを伸ばします。生命感溢れる水にフライを馴染ませて流す作業を飽きることなく繰り返しているだけで、あっという間に3時間が過ぎていました。
■野生のローカルたちが囁く「ここに魚いるよ」
さらに車で1時間ほど移動して、同漁協の管轄する違う川へ。日没までの約1時間、この日最後の釣りに望みを託しました。
初めての川、ポイントです。まずは様子を見ていると、サギが翼を広げて舞い降りました。なんだか思慮深気に流れを見ています。セキレイたちが流れから顔を出した石の上をしきりに飛び交っています。流れのヨレを読み解くようにじっくりと観察を続けます。ふわふわと風に乗って虫たちが舞っていました。ガガンボです。水中の石には蛹(さなぎ)がびっしりと付いています。
魚影は見えずライズもありませんが、複雑な流心に紛れて良型のヤマメが泳いでいるような予感がして、そっとフライを流します……。日没まではあとわずか、岩陰に隠れながら上流に回り込んでみます。流れに沿わせて流し込んだソフトハックル(フライの一種)。ラインを手繰り、そっと誘ってみると、忘れかけていた生命の脈動が伝わってきました。20cmに満たない小さなヤマメが、飛び跳ねるように水面を割りました。