■午後3時半「見逃しそうなポイント」を狙う
河岸段丘の深い谷間はすでに日差しが届かなくなっていた。急に釣れる気がしてくる。プールとプールの間をつなぐ、見逃しそうなポイントに狙いを定めた。
複雑な流れの中に明瞭な2筋があり、よく観察するとその合わせ目、沈み石で作られる底波が居心地良さそうだ。実はこの夏、同じような流れのポイントで迂闊に流したフライに大物が飛び出し、掛け損なっていた。しかも一度ならず二度三度も……。
慎重にラインを伸ばしつつ、狙いのポイントへじわりじわりと近づく。いよいよフライが核心部へ差し掛かる。三度目。スイングしたフライが吸い込まれるように狙いの場所へ……。
■まるで根掛かりのようなアタリ!
根がかりのような不明瞭で鈍いアタリがきた! けれど明らかに魚が掛かっている手応えが伝わってくる。ずいぶんと重い。「尺は超えてるな」そう思いながらじわじわと寄せてくると鈍く光る魚体が流れの隙間から覗いた。「なんじゃこりゃ!」尺どころではない! 予想を遥かに上回る大イワナだ。
水中で激しく身を捩りながら深みを探そうとしている様子だ。周辺は膝上程度。深く潜り込めるほどの深さはない場所なのでこちらに有利だが、流れに乗って下流のプールに逃げ込まれると話が変わる。絶対に逃したくないサイズのイワナ。懸命にプレッシャーをかける。強めの4番10ftのロッドが絞り込まれる。リードに結んだソフトハックルはイワナの上顎にしっかりとフッキングしている様子。大きなイワナは賢く、持久力もあるので長期戦は不利だ。細軸のフックが曲がらないことを祈りつつ、強引に岸に寄せる。そのまま身動きの取れないくらいの浅瀬に導いて取り込んだ。
■シーズン有終の美を飾る大イワナ!
ようやく観念した様子の大イワナは44cmあった。飴色に鈍く輝く魚体、発達した鰭(ひれ)、太い尾鰭回り、あまりの存在感にガッツポーズも忘れ、呆然と見つめる。渓流で出会えるイワナとしては会心の一本だろう。狙い通り、いやそれ以上の僥倖に、日頃の思い通りにいかない釣りの時間が報われたような気がした。
風格ある魚体に恐れ多くてストマックポンプ(捕食内容を調べるためのスポイト)を挿入することも躊躇われ、なぜかヘコヘコと一人でイワナに頭を下げながら流れに返した。
満足したのも束の間、今度は銀ピカのヤマメが釣りたくなって下流のプールの流れ込みにフライを流す。すぐに20cmほどのヤマメが水面に踊った。すでに秋色に染まっていた。釣り人は欲深い……。