■三重堀切を激写!
続いて今度は、主郭北のU字尾根のうち、北西側へと横移動する。こちらの尾根から主郭を見上げると、ちょうど平虎口が見えた。
尾根幅は北東側のそれと比べて、倍以上。いや3~4倍はありそうだ。そうなると攻め手にとって有利になってしまう。北西尾根より一層、守りを固めねばならないのでは? と思い少し下ると、案の定な地形に出くわした。一重、二重、三重の堀切!
ちょうど尾根幅が狭まったあたりにあるのも実に憎らしい。他中堀切はなかなか写真で全体を捉えにくいのだが、ここはちょうど尾根の角度が急で、うまい具合に全体像が俯瞰できる。素晴らしい。
その先は目ぼしい遺構もなく、主郭方面へ引き返す。と、先ほどの平虎口の手前の光景に、思わず言葉を失った。そうか、そういうことだったのか。
先ほどは平虎口直下から見下ろすアングルだったので、気づかなかった。虎口があり、その先に急斜面があり、さらにその下に堀切が切られている。今、それを攻め手の側から、すなわち外側から見上げている。こちらのアングルだと、鉄壁の防御感が実によくわかるのだ。いや、堀切を登ってすぐのところから振り返ってみても、その凄さは実感できた。これぞ“戦う城”だ。
■再び岩の虎口を抜けて
主郭を縦断し、南尾根を下り帰路へ。最初に見た岩と岩の隙間の虎口、あのくびれた鍵穴型の尾根が横に。その脇の虎口も、主郭側から見ると実に狭い。
南からの敵はここで食い止める。そして北からの敵は、北東、北西の二つの尾根の堀切で阻止。シンプルだが鉄壁の守りだ、といえる。
岩間をすり抜け、二重堀切に別れを告げて、帰路はそのまま、南へと下る登山道を下ってゆくことにする。道はいわゆるつづら折れ。尾根幅がそこそこあるのもあって、右に左に幾重にもカーブを描きながら下ってゆく。
主郭から10分ほどで、未舗装ながら明確に踏み固められた、幅のある山道へと下りてきた。
三木合戦の陣城とされる城は、細かいものも含めると20~30はある。秀吉本陣となった平井山ノ上付城はじめ、各武将ゆかりの陣城がいくつもあるが、名もなき、エピソードなき満田城もそれらに引けを取らない。
いやむしろ、そんな満田城のような城こそ、攻城時の感動もひとしおだといえるのかもしれない。訪れたものだけが知る姿が、そこに待っているからだ。
●【MAP】満田城(三津田城跡)