明智光秀が築いた山城として、金山城とともに二大傑作といっていい周山城。急斜面あり、平虎口や土塁あり。天然と人工の防御をくぐり抜けた先、ようやく城の中枢部にたどり着く。ここからが本番、とでもいうべき遺構が、その先に待ち構えていた。
■山城なのに連郭式?
比高220mの大半を登り切り、最終尾根にたどりつくと、びっしりと両脇を固められた長大な曲輪。その曲輪は西半分がゆるやかなスロープ状になっていて、登り切ると本丸だ。
本丸の中央部が小山のように盛り上がっている。よく見ると小山ではなく、土塁にグルリと囲まれ内部はすり鉢状になっている。
本丸自体も、ほぼ外周全体が土塁に囲まれているので、同心円状に二重すり鉢状態。それぞれに虎口はあるが開口部がずれていて、直線的な侵入を阻止する造りになっていた。
平城なら、同心円状にいくつもの曲輪が並ぶ「輪郭式平城」はたまに見かけるが、山城ではあまり例がない。地形的な制約があるから、そのような構造にするのは難しいのだ。
というわけで、たかだか二重にすぎないが、目の前の光景は、なかなか希少な構造だといえるのではないだろうか。
本丸には天守もあったとされ、光秀が豪商で茶人の津田宗及(つだそうぎゅう)と十五夜の月見を楽しんだ、という逸話も伝わっている。しかしこの山中に、本当に天守などあったのだろうか。かなり怪しい話と言わざるを得ない気がするが……。
■そして西尾根の「石の城」エリアへ
先ほど登ってきた長大な曲輪が本丸の東側。反対の西側に延びる尾根方面にも足を踏み入れる。グルリと本丸の裾にあたる部分へ回り込むと、見事な石垣がそこに現れた。
握りこぶし大から人頭程度の大きさの石が並ぶ野面積。土の急斜面と一体化した、切岸&高石垣のハイブリッド構造だ。美しく、かつ鉄壁の守り。少し回り込むと、今度はほぼ土が剥き出しの強烈な切岸が目の前にズドンと現れた。
※野面積(のづらづみ):自然石をあまり加工せず使用する石垣の積み方
※切岸(きりぎし):人工的に削り急角度にした崖
落差10m以上はあるだろうか。目の前に立ちはだかる巨壁を見ただけで戦意喪失しそうだ。いざ実践となれば上部の本丸からの攻撃も雨霰だっただろう。
さらに西へと進むと先端部に、低いが側面を綺麗に石垣で固めた曲輪が現れた。
周山城、東側半分は基本的に土の城で、ところどころにわずかな石積みが見られる程度だった。ところが、本丸手前の長大な曲輪に踏み込んだところから様相は一変。そして本丸を経て西尾根へと進んで以降、このめくるめく「石の城」ぶり。東と西で好対照。実に面白い城だ。