■困ったときに助けてくれた「恩人」

 「山小屋を続けてこられたのは、多くの人の助けがあったからこそ」とよし子は言う。とりわけ穂高岳山荘の今田英雄の存在は大きかったようで、電気や水の確保、従業員の手配、建物の改築など、「山小屋を経営していくうえで困ったことがあれば、いつも手を差し伸べてくれた」という。

穂高岳山荘の今田英雄さんには、いろいろ助けてもらったそうですね。

よし子「アルバイトが集まらず困っていたら、穂高岳山荘の従業員を送り込んでくれたこともありましたし、太陽光発電の設備も英雄さんからいただきました。『うち(穂高岳山荘)は新しいものに替えたから、古いのはそっち(薬師岳山荘)で使えばいい』と言って。パネルの設置も配線も全部段取りして、やってくれたんですよ」

直孜「岐阜県警の山岳警備隊員が休暇でうちの小屋に遊びに来たとき、テレビを担いで登ってきたことがあったんです。聞けば、『英雄さんから持って行けと言われた』とのことで(笑)」

よし子「あのときはびっくりしたね。何も言わずに、テレビまでくれるんだから」

英雄さんはなぜ、そこまで薬師岳山荘のことを気にかけてくれたのですか?

よし子「当時は山小屋の女性オーナーが珍しかったから、それで気遣ってくれたのかもしれません。最初に会ったのは、北アルプスの山小屋協会の総会でした。初参加の私にしてみたら、名だたる山小屋オーナーのみなさんにお会いできることが嬉しくてね。懇親会のときに挨拶をして回ったんです。その中に英雄さんもいて、『困ったことがあれば、いつでも連絡をしろ』と言ってくれて。それが始まりですね」

直孜「2010(平成22)年に小屋を改築したときも相談に乗ってもらいました。立地が似ている笠ヶ岳山荘を参考にすればいいと言って、滋野(守)さんに話を通してくれて。今の建物の設計には、笠ヶ岳山荘の図面をかなり参考にさせてもらいました」

よし子「天水を貯めるタンクをもらったこともあります。英雄さんとの話は本当にきりがないですね」

小屋の改築をされたのは、建物が古くなっていたから?

よし子「それまでの小屋は平屋建てで、1階に食堂と調理場があり、屋根裏を宿泊部屋にしていました。山小屋らしい造りで、私としては嫌いじゃなかったし、そこまで不便は感じていなかったんです。でも、主人が『琢(息子の琢道さん)がやりやすいように新しくしてやらんと』と言うものだから、建て替えをしたんです」

堀井琢道さん(以下、琢道)「実際、使い勝手はだいぶ良くなりましたよ。建物は2階建てになり、2階はすべて客室に。1階は食堂と調理場をきっちりと分けて、それなりの広さを確保したので、お客さんが大勢来た日でも余裕を持って回せるようになりましたから」

現在の薬師岳山荘。2010(平成22)年に改築された《写真提供:薬師岳山荘》
大きな窓が設けられた食堂。天気の良い日には美しい夕日を眺めながら食事ができる《写真提供:薬師岳山荘》

琢道さんはいつから山小屋に?

琢道「中学生のころからです。夏休みになると、下にいてもやることがないので、宿題を持って小屋に上がっていました。アルバイトの大学生に勉強を教えてもらいながら、小屋の仕事を手伝っていたんです。高校卒業後は地元の企業に就職して、土日に休みが取れたら、手伝いをしていました。その会社は夏場が忙しく、週末に仕事が入ることも多かったので、社会人になってからはあまり山には入れなくなっていましたけど」

2代目の堀井琢道さん。山小屋では「若」と呼ばれている

山小屋に常駐するようになったのは?

琢道「そろそろ自分がやらなければと思い始めたのは2014(平成26)年ごろだったと思います。当初は会社に相談して、夏の間だけ休職扱いにしてもらい、シーズン中は山小屋に専念するという働き方をしていました。ただ、忙しい時期に会社を休ませてもらうのは申し訳ないという気持ちがずっとありまして。それで2018(平成30)年に会社を退職することにしたんです。今は6月から10月は山に入り、シーズンオフは親父が定年後に働いている地元の酒蔵で一緒に働かせてもらっています」

よし子「 会社は理解してくれていたので、夏は山小屋、それ以外は会社勤めという働き方を続けていくのかなと思っていたんです。でも、ある年に突然、『会社を辞めた』と言うから、私らもびっくりして。思わず、『辞めて、生活できるんか?』と聞いてしまいましたから」

琢道「親父やおふくろから『山小屋に入ってくれ』と言われたわけではありませんが、2人ともそれなりの年齢になってきていましたからね。ちょうどいい頃合いだったと思っています」

■見どころは「山」と「海」の展望

 薬師岳山荘は標高2,701mの稜線上に建っているため、天気が良ければ、立山や剱岳はもちろん、槍ヶ岳や穂高連峰、鹿島槍ヶ岳、五龍岳、白馬岳など北アルプスの名峰の数々を望むことができる。また、眼下には富山平野や日本海が広がる。「山」と「海」の絶景を同時に堪能できるのだ。

朝焼けの薬師岳山荘と雲海

山小屋を営むなかで、大事にされてきたことは?

よし子「ちょっとしたことではありますが、お客さんをお名前で呼ぶことでしょうか。うちは小さな小屋なので、受付のときに顔と名前はだいたい覚えられます。食事のときなどには『○○さんの席はこちらですよ』と名前で呼びかけてご案内するんです。『お客さん』と言われるよりも、名前で呼んでもらった方がやはり嬉しいじゃないですか」

琢道さんはいかがですか?

琢道「小屋周りの景観には気を遣っています。たとえば、うちは天水を利用しているので、小屋の周囲には水を貯めておくタンクが常設されています。貯水量を増やすため、近年はタンクの数を増やしていますが、表から見えると見栄えがよくないので、小屋の裏側、お客さんからは見えないところに設置しています。周囲には素晴らしい風景が広がっているので、できるだけ景観を損ねないように心がけているんです」

国立公園としてのこの山域の魅力は、どんなところにあると?

よし子「琢が景観の話をしましたが、やはり展望の良さが一番の魅力じゃないでしょうか。小屋からの眺めもいいですが、薬師岳の山頂からの展望はすばらしいですよ。立山や剱岳、槍・穂高連峰などの山々を望めますし、黒部川を挟んで後立山連峰も一望できます」

直孜「北西側に目を向ければ富山平野と、その向こうに富山湾や能登半島も見えますしね」

薬師岳の山頂からの展望
西の空に沈む夕日を眺める登山者たち《写真提供:薬師岳山荘》
山荘から眺める富山平野の夜景《写真提供:薬師岳山荘》
残照の薬師岳山荘と薬師岳《写真提供:薬師岳山荘》

琢道「山と海、両方の景色を堪能できるのは、まさに国立公園らしいところだと思います」

よし子「天気が良い日、小屋から景色を眺めるたびに、『自分ちの山小屋はいいところに建っているな』とつくづく思いますよね」

山荘から槍・穂高連峰方面を眺める。水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳などの奥黒部の峰々や雲ノ平が一望に《写真提供:薬師岳山荘》
富山市内の自宅にて。左から琢道さん、よし子さん、直孜さん