■4つの山小屋で出会う多様な自然と風景
双六小屋グループの山小屋の特長は、4つの小屋が「山麓」「稜線」「奥地」という異なる立地にあり、ブナの原生林や高山植物、氷河の浸食でできたカール地形、槍・穂高連峰の絶景など、変化に富んだ自然や風景を楽しめることだ。「双六小屋グループでジオパークができる」とまで評される、それぞれの山小屋の見どころとは?
4つの山小屋それぞれの特長や周辺の見どころを教えてください。
岳彦「山麓のわさび平小屋は、すぐそばを左俣谷の清流が流れ、ブナの原生林に囲まれています。新緑と紅葉の季節が特に美しいです。鏡平山荘の魅力はやはり、祖父の義清が惚れこんだ鏡池と槍・穂高連峰の展望です。天気が良ければ、池が鏡のようになり、槍・穂高の山並みを映してくれます」


「黒部五郎小舎は、氷河が削りとった黒部五郎カールが見どころで、夏でも雪が残り、高山植物が咲き乱れます。静かで、秘境の雰囲気があり、通過するだけではなく、滞在してのんびりと過ごしてほしい場所でもあります」

「双六小屋の周辺は、ハイマツに覆われた緑の稜線がたおやかに広がり、高山植物のお花畑や双六池などがあります。そして双六岳は、天空の滑走路とも呼ばれている台地状の地形が特徴で、台地からの槍・穂高連峰の眺望はあそこでしか見られない絶景です」


お話を聞いていると、どの山小屋にも泊まりたくなりますね。
岳彦「『ブナの原生林を散策する』『鏡池に映る槍・穂高の絶景を撮影する』『高山植物や秋の紅葉を楽しむ』など、ただピークを目指すだけの登山ではなく、道中を楽しみながら山と自然をゆっくりと満喫することをぜひおすすめしたいです。山麓から稜線、奥地まで、変化に富んだ自然と出会えますし、4つの山小屋がコースタイム2~4時間の間隔にあるので、無理せず安心して楽しむことができると思います」
「特に、山の景色を楽しんだり、写真を撮るのには、うちの山小屋はうってつけだと思います。双六岳では北鎌尾根から西穂高岳まで、槍・穂高連峰が一望できて、頂上稜線の迫力ある全景写真が撮れます。鏡平では手前に鏡池、奥に槍・穂高という構図が絵になりますし、麓のわさび平でも手前に渓谷やブナ林を入れて、奥に弓折岳がそびえる全景が撮れます。父は山岳写真家として素晴らしい写真を数多く残しており、僕自身も写真を撮りますが、うちの山小屋があるエリアは被写体となる風景や自然が尽きないんです」

■父の教えは「ちょっとずつ良くしていこう」
愛知県で会社勤めをしていた岳彦が山小屋に入ったのは2003(平成15)年、29歳のときだ。10年後の2013(平成25)年には父・潜から代表を引き継ぎ、社長となった。今も父の教えを守り、山小屋の建物や設備などを「ちょっとずつ」改善し、登山者や従業員が山で快適に過ごせる環境作りに力を尽くしている。


山小屋経営者として、お父さまから教わったことは?
岳彦「父からよく言われたのは、毎年ちょっとずつ良くしていこう、ということです。山小屋って、建物や設備が古くなったからといって、1年間休業して全面改築することは難しいじゃないですか。登山者の安全にもかかわるし、縦走の計画が立てられなくなるなど不便をかけてしまいますからね。父はいつも『うちは4つも山小屋があるから、毎年何かをやらんといかん』『絶対にさぼってはダメだ』と言っていました。その教えはずっと守っています」
近年、力を入れていることは?
岳彦「ひとつはトイレの整備ですね。2018(平成30)年にはわさび平小屋に合併浄化槽を設置し、小屋の内トイレと登山者が公衆的に利用できる外トイレを新築しました。2020(令和2)年には鏡平山荘にバイオ式の内トイレと外トイレを新築しました」
「また、従業員の労働環境を良くしていくことは、これからの山小屋経営のテーマだと考えています。登山者の方により良いサービスを提供するためにも、スタッフができるだけいい環境で楽しく働けるように努力しています。2021(令和3)年には双六小屋に、2024(令和6)年には鏡平山荘にそれぞれ従業員棟を新築しました。2025(令和7)年にはわさび平小屋にも建てる予定です」
潜さんの教えの通り、まさに「毎年ちょっとずつ」ですね。
岳彦「ここまで頻繁に増築や改築を行っている山小屋もなかなかないのではないでしょうか。毎年何かしらやっているので大変ですが、頑張っています」
登山道整備にも力を入れているそうで。
岳彦「父は登山道にもものすごくこだわっていて。『山もバリアフリーで』と言い、なるべく段差が小さくなるような道づくりをしていました。山の道は傷んだり、崩れたりすることも多く、『3歩進んでは2.8歩戻る』みたいなことを繰り返していますが、ちょっとずつ、ちょっとずつ良くしています」
山小屋を経営していくにあたっての課題は?
岳彦「課題はたくさんあります。ひとつは異常気象への対応です。近年、これまでに経験したことがないような猛烈な大雨が短時間に集中して降るようになり、小池新道の秩父沢に架けた橋が土石流で橋桁ごと流されることが数回起こりました。僕が知る限りでは、過去に秩父沢の橋が流されるなんてことは一度もありませんでした。ところが、2023(令和5)年に土石流のような災害級の濁流に流されて、そのときに地形や流路が変わってしまったからなのか、2024(令和6)年には2回もやられました」
「登山道も、山の斜面のトラバース道は、激しい雨でどんどん削られて細くなっている箇所があちこちにあります。地面を削って広く補修できればいいのですが、岩盤が出てきてしまうとどうしようもなく、将来的にはクサリを設置したり、道をかけかえたりする必要が出てくるかもしれません」
「夏に高山植物が咲かなかったり、秋に落葉樹がきれいに紅葉しなかったりと、木々や草花の生育にも影響が見られます。四季折々の豊かな自然の景観を求めて、うちの山小屋に来てくれるお客さんは多いので、異常気象による環境変化が今後どうなっていくのか心配ではあります」
今後やっていきたいことはありますか?
岳彦「北アルプス南部の登山口として新穂高をもっと盛り上げていきたいです。ロケーションとしては上高地と同じような条件なのに、上高地ばかりが注目されて、槍も穂高も上高地から登る山みたいになっているじゃないですか。飛騨側の人間として、それがずっと歯がゆくて」
「うちは山麓から稜線まで山小屋をやっているので、山の中のことも含めた視点から、新穂高が中部山岳国立公園の入口として上高地に負けない魅力ある場所となるように、これからもいろいろと努力していきたいですね」
