■山小屋が目的地になるように
大輔が経営を引き継いだ2020(令和2)年以降は、コロナ禍の影響で事前予約制の導入や宿泊定数の削減など、山小屋経営のあり方が大きく変わっていった時期でもあった。だが、大輔は「コロナ禍がなかったとしても、山小屋は変わっていかなければならなかった」と語る。その真意とは?
なぜ「山小屋は変わらなければならない」と?
大輔「これまでの山小屋は、お客さんを入れられるだけ入れるというスタイルで営業をしてきました。昔から登山をされている方であれば、山小屋はそういうものだと受け入れてくれるかもしれません。でも、最近登山を始めた人はそうじゃないと思うんです。若い人たちに山登りを続けたいと思ってもらえる環境を作っていかないといけないし、そのために山小屋も変わっていく必要があるんです」
槍ヶ岳山荘グループとしては、これからどんな山小屋を目指していこうと?
大輔「究極的な目標は『山小屋に泊まりたいから槍ヶ岳に登る』と思ってもらえるところまで山小屋の魅力を高めていくことでしょうか。山小屋に泊まること自体が登山の目的や楽しみになるような付加価値の高い場所にしていきたいですね」
2023(令和5)年の初めに実施した利用者アンケートもこれまでにない試みです。
大輔「コロナ禍以降、ほかの山小屋のオーナーたちと意見交換しながら、山小屋の利用形態を変えてきましたが、利用者のみなさんはついてきてくれているのだろうか、という気がかりがありまして。もし利用者との間に乖離ができていたら、それはマズいなと。そこでブログやSNSで呼びかけて、アンケートを取ってみることにしたんです」
利用者の声を参考にする発想は、会社員時代の経験から?
大輔「そうですね。通信会社に勤めていたころ、サービスの内容や価格を検討する際、ユーザーにアンケートを取って分析するという業務をよくやっていたんです」
アンケート結果からはどんなことが見えてきました?
大輔「宿泊料金が多少高くなったとしても一人分のスペースが確保される方がいいという人が多かったことなど、変えていく方向性としてはこちらの考えと大きくずれていないことが確認できました。一方で、さまざまな取り組みについて、より丁寧な情報発信をしていく必要性も強く感じましたね」
最後に、山小屋の立場から、北アルプスという山域や中部山岳国立公園のこれからにどのように関わっていきたいとお考えですか。
大輔「北アルプスで山小屋事業を営む者として、何よりもこの山域の魅力を多くの方々に広く伝えていかなければと思っています。また、登山道を維持・補修したり、登山者の安全を守ったりという、これまで山小屋が果たしてきた伝統もしっかりと守っていきたいですね」
「実は最近、ほかの山小屋の仲間たち数人とアメリカのヨセミテ国立公園に行ってきたんです。アメリカのナショナルパークって、国が大きな予算をかけて維持管理をしていますよね。かたや日本の国立公園はいわゆる協働型の管理運営で、国はもちろん、私たちのような民間事業者もそれぞれに役割を担っています。特に北アルプス南部では、常念小屋や横尾山荘の山田家、燕山荘の赤沼家など、100年前の創業時からこの山域の山小屋に関わってきたそれぞれの家が、今も横のつながりを持ちつつ、切磋琢磨しているんですよね」
まさに、ほかでは経験できない稀有な環境で仕事をされている、と言えますね。
大輔「ええ。すごくやりがいがありますし、何より国立公園という特別な場所に関われる誇りある仕事だと思っています」