ついコストやタイムのパフォーマンスを求めて現代を生きる私たち。アウトドアや旅においても、いかに目的地に早くたどり着けるかを求めすぎてはいないだろうか。そこで今回は、江戸の風情を噛みしめながら峠を越える中山道・木曽路の「鳥居峠越え」ルートを紹介したい。
スタートはJR中央本線・薮原駅となり、ゴールは日本で最も長い宿場町、奈良井宿だ。道のりは約6kmで、途中の峠越えは舗装路ではないため、歩きやすい服装と靴で訪れよう。かつて江戸を目指した旅人たちと同じ道をゆっくり歩けば、心にしみる体験になるだろう。
■最後の補給地 薮原宿で静寂に触れる
薮原駅を降りると、すぐに小さな宿場町が広がる。ここはかつて、木曽十一宿のひとつ「薮原宿」として旅人の出発点となり、峠越えに備える最後の補給地でもあった。
今もなお、軒を連ねる古民家や石畳が静かに歴史を物語っている。派手な観光スポットではないが、静けさこそが、峠越えの旅に出る者の心を落ち着かせてくれる。石畳の道を進むと鳥居峠への標識が現れ、いよいよ峠越えのスタートだ。

■苔むす旧道と神域の気配
鳥居峠越えのルートへと足を踏み入れると、舗装された道からはすぐに土の山道へと変わり、苔むした小径とブナ林に囲まれた静寂の世界が広がる。途中には一里塚の跡や古い道標が点在し、まるで自然のまま保存された“生きた博物館”の中を歩いているような感覚を覚える。
峠の山頂には鳥居峠の由来となった鳥居がある。杉林の中にぽつんと佇むその姿は、静謐という言葉をそのまま形にしたような雰囲気だ。

■重要伝統的建造物群保存地区に指定された奈良井宿
峠を越えれば、あとは奈良井宿までの下り道となる。緩やかにカーブを描く山道は、旅の終わりを告げるようにやさしく終点まで導いてくれる。そして、歩き続けた先に現れるのが、奈良井宿だ。
約1kmにわたって形成される、日本でも有数の宿場町の入り口に立つと、視界の先まで瓦屋根が続き、まるで時代劇のワンシーンに迷い込んだかのような錯覚におちいる。いまも宿場町として機能しているため、生活の気配に満ちているこの町には、旅の終着点にふさわしい重みと温かみがある。
歩き疲れた足を休めるために、木曽漆器の工房を覗くもよし、五平餅と味噌汁で一服するもよし。旅を終えた満足感に浸ったら、JR奈良井駅から帰路につこう。
