◼️考えるべき課題は「世界遺産・熊野古道」との差別化
奥辺路の魅力の中でも、僕が特に推したいのは、和歌山県でもっとも標高が高い龍神岳周辺と、果無(はてなし)山脈エリアを通過することです。ブナやナラの自然林が尾根道沿いに広がり、巨木が点在しています。春は新緑、夏は雲海、秋は紅葉、そして冬は樹氷や霧に包まれた幻想的な森を楽しむことができます。
奥辺路を「幻の熊野古道」として扱う際に避けて通れない課題が、“世界遺産・熊野古道との差別化と住み分け”です。世界遺産・熊野古道は、たくさんの人の尽力に支えられて、価値と魅力を発掘してきました。奥辺路から見れば、憧れのスターのような存在です。
文献や史跡の多さでは到底敵いませんが、奥辺路には国定公園を含む手つかずの豊かな自然林が残っています。世界遺産の熊野古道は文化財保護のため、トレイル整備のやり方が大きく制限されますが、登録されていない奥辺路ならば自分たちの手で必要な整備をすることが可能です。また、世界遺産は歩きで通行することが原則なのに対し、奥辺路はトレイルランニングにも対応できます。ならば、“走れる幻の熊野古道”で行こうじゃないか!
この3つを軸にすれば、世界遺産・熊野古道との共生が図れ、魅力的なストーリーが描けると確信できました。
■龍神様のストーリーこそが、奥辺路の魅力
自然林推しに方向性が定まったことで、僕のインタープリターとしての知識とネットワークが生き始めました。専門家の友人にも協力してもらい、奥辺路の森を改めて調べてみると、紀伊半島特有の豊富な雨量と龍神岳の地形が、この森を育んだ要因であることがわかりました。
海から直線距離でわずか50kmほどしか離れてない標高1,380mの龍神岳に湿った空気がぶつかり、雲を発生させることで、樹氷やミストの森が生まれていました。龍神が雲を生む。豊富な雨がブナの巨木を育て、水源の森を形作る。その水が林業を支え、村の産業を支えてきた。水の神様である龍神様を中心に語られるこの循環こそが、奥辺路の本質的な魅力だと気がついたのです。
自然林の中を歩くことができるのは、世界遺産・熊野古道との違いでもあります。
現在は、地元・田辺市の小学生に向けた“水の循環をテーマにした森林環境学習”を奥辺路で行なっています。また、市内の水源でもあるブナの森の中、奥辺路を歩きながら前述の水が生まれるストーリーを伝えるエコツアーも開催しています。将来的には、この水にまつわるエコツアーと村の産業である林業と結びつけたいと考えています。
今後も、奥辺路を通して、龍神村ならではの魅力をたくさんの人に伝えていきたいです。