■深夜1時過ぎ、酒が尽きてしまった

 酒を酌み交わし談笑するうちに、とうとう互いが持ってきた酒が尽きてしまった。時刻は深夜1時をまわっていた。翌日の登山は寝不足で無理そうである。

 筆者は「もう寝よう」と提案したが、酩酊状態の男性は「酒が足りないから買いに行く」と言う。飲酒運転になるし、林道でハンドル操作を誤ったら命がない、加えて昼間でも最寄りのコンビニまで往復3時間はかかる、と説得を試みたが、酔っぱらった男性は「酒を買いに行く」と言って聞かない。

 男性はついに筆者の制止を振り切って、キャンプ場の入口とは反対の藪に向かって歩き出した。泥酔状態で方向がわからないのだろう。筆者は「方向が違う」と言いながら振り返ったが、そこに男性はいなかった。たった1秒間の出来事であった。

■忽然と消えた男性。酒の酔いも吹っ飛んだ

登山口につながる林道(イメージ画像)

 筆者の経験上、一瞬で人が目の前から消えるのは古井戸や穴に落ちた時だ。筆者は酒の酔いも吹っ飛んで大慌てで懐中電灯を持って男性を探した。しかし男性はどこにも見当たらない。周囲に古井戸や穴はなかったが、男性の車もまた見当たらなかった。念のため倒壊しかかったトイレも見に行ったが、そこにもいない。目を離したたった1秒でいったいどこに隠れられるというのだろう。1時間程度探したが、男性はどこにも見当たらない。帰って来るのを待つことにした。

 待っている間、あの男性はトイレで首を吊った本人かもしれない、という考えも浮かんできた。しかし男性が幽霊ならお金はどうしたのか、幽霊が買物をするのかという問題もある。ただ男性が残していった毛ガニの殻やビールの空き缶は、実際に目の前にあるので、酒盛りが幻覚だったわけでもない。筆者は幽霊にごちそうしてもらったのだろうか。

 何だかよくわからなくなって、悶々としているうちに夜が明けた。結局男性は戻ってこなかったが、毛ガニのお礼を十分に言えなかったのが心残りである。その日の登山は睡眠不足のため、あきらめた。

 今でも行き当たりばったりの旅が多い筆者だが、スマホで事前調査ができるため、昔と比べるとトラブルは非常に少なくなっている。ただ今回紹介した事件以来、人が誰もいない、もしくは情報がない無料キャンプ場はできる限り避けるようにしている。