秋はキャンプは七難を隠すと言われている。何をもって七難とするかは人それぞれであろうが、ともあれ秋のキャンプは涼しく害虫も少ないため、非常に快適だ。
今から30年近く前の事であるが、そんな秋を狙い、筆者は登山をしながら1か月半のバイク旅に出たことがあった。今回はその旅の途中で登山の前泊に立ち寄った、とある山奥の無料キャンプ場での出来事である。
■利用者のいない山奥の無料キャンプ場
旅も半ばに差し掛かった頃、筆者はある山を訪れた。標高は1,000mを優に超えているが、7合目あたりまである林道を使うと、登頂は比較的容易とのことで、前日は標高を稼いでキャンプすることにした。ただ行ってみるとかなり荒れた林道で砂利道とガレ道の中間くらい。幅員も軽自動車ギリギリ1台分しかない。
昼過ぎになんとか登山口に到着した。人里まではバイクで1時間、最寄りのコンビニまで1時間半はかかる不便な場所である。キャンプ場は登山口からさらに進んだ林道の終点にあった。
そこは林道の転回場と見間違えるほど、こじんまりとした場所である。端のほうに天井が抜けて倒壊しかかった赤レンガのトイレが一つあった。草に埋もれた朽ちた板にかろうじてキャンプ場の文字が読み取れるので、キャンプ場で間違いないのであろう。もちろん利用者は筆者だけだ。
■いつの間にか現れた人のよさそうな男性
秋の夜は涼しくて気持ちがよい。テントの外に敷物を敷いて、ロウソクランタンの薄暗い明かりを頼りに日本酒をちびちびやっていると、いつの間にか目の前に男性が立っていて、ギョッとした。両手にレジ袋を下げた30歳前後の人のよさそうな男性である。
男性は「一人で飲むのは寂しいから一緒に飲もう」と声をかけてきた。男性は車で来たと言うが、筆者はキャンプ場の入口が見える位置に座っていたので、車がきたら気付かないわけがない。車をどこに停めたのかを聞いたが、男性は「そこに停めた」と繰り返すだけだった。どうやら地元の人らしい。夜にあの林道を車で上がって来れたのにも納得である。
ともあれその男性はよく冷えた缶ビール1ダースと毛ガニ2杯を持ってきており、ごちそうしてくれるという。拒む理由もなく、筆者は男性と酒盛りをすることになった。そして生まれて初めていただいた毛ガニがあまりにおいしく、筆者は大絶賛。男性もうれしそうだ。
夜も更け、酔っぱらった男性が「昔そこのトイレで首つりがあった」と語り始めた。「それから幽霊を見たという人が相次いで、誰もこのキャンプ場を利用しなくなった」と言う。
男性は、「このキャンプ場で何も見なかったのか」と何度も聞いてきた。幸い筆者は何も見ていない。「何も見ていないけど、幽霊が出ると知ってて、わざわざ一人でやって来るあなたは変わり者だ」と返すと、男性は大笑いした。