筆者は山で不思議な「何か」によく出会うため、余程印象深いことでない限り、その出来事はすぐに忘れてしまう。しかし、子ども時代の山での不思議な出来事はどれも新鮮で、今でも一つひとつ鮮明に覚えている。今回紹介するのは、そんな筆者の子ども時代のエピソードの一つだ。
■かつては海岸線に建ち、航路を見守ったワダツミ神社
筆者が小学生の頃の話である。
その頃住んでいたのは、瀬戸内海に面した昭和末期の小さな田舎集落。過疎が進んだこの集落は小さな山の上にあり、周辺の道路は未舗装路が多かった。
山の中腹にはワダツミ神社という小さな神社があり、子どもたちの遊び場になっていた。ワダツミとは、その名の通り海神を祀る神社である。神社の長い石段を下りると、そこはかつて海岸線だったといわれる細い砂利道に突き当たる。江戸時代初期は、砂利道を境に南側は海だったらしい。ワダツミ神社はその瀬戸内の航路を守る神として祀られていたという。しかし、江戸時代前期に藩策で神社の前の海は干拓され、海岸線は数km先に遠のき、今では神社はひっそりと森の中に埋まっている。
ある秋の日、ワダツミ神社に集合した筆者と友人は、アケビを採りに森に入った。ところがこの年の秋はアケビが少なく、数個しか採れなかった。あの時筆者と友人は意地になっていたのだろう。アケビを探しながら、いつもの山道を外れ獣道をたどり、森の奥の奥へと入ってしまった。