■モンブラン・トンネルとシャモニー

 クールマイユールを拠点に周囲の山々をできる限り制覇しようと目論んでいた私たちだが、山の天気は変わりやすく、生憎の雨に見舞われた。ヴァカンスは始まったばかり。ここで無理して見知らぬ山道を歩いて怪我でもしたら、残りの日々を楽しめなくなる。その日1日をどう過ごそうか悩んでいた時、ハッと思い出した。

 「確か、お隣フランスのシャモニーに行くバスがあったはず!」

 急いで案内所でもらったガイドを調べると、あったあった! モンブランはイタリアとフランスの国境にそびえていて、両国を結ぶモンブラン・トンネルを使えば1時間ほどでフランスへ行けるのである。「今日はシャモニーでショッピングに決めたわ!」と小躍りする私を呆れ顔で眺めていた相棒は、小さなため息をひとつつくと渋々腰を上げた。

クールマイユールのバスターミナルから出ているシャモニー行きバス。チケットは往復で購入しておくと便利
イタリア・フランス国境の検問。車中でパスポート・コントロールがある
モンブランの中を通るトンネルは全長約12キロ。渋滞がなければ30分ほどで通り抜けられる

 「国境の長いトンネルを抜けるとフランスであった」。

 シャモニーのバスターミナルに降り立った時、日本文学の名文を思わずつぶやいた私を相棒は怪訝そうに見つめ、「ケ !?(なに?)」と詰問した。まったく、情緒も感動もあったもんではない。

 子どもの頃、テレビの旅番組で「ヨーロッパ人の優雅な高級避暑地」として紹介されていたクールマイユールとシャモニー。雄大なアルプスの雪山、色とりどりの花々で飾られた山小屋のバルコニー、サングラス姿で太陽を浴びながらテラスでワイングラスを傾ける美しいマダム。ずっと憧れていた光景が今、目の前に広がっている。ああ、なんて素敵なんだろう!

 バスで1時間ほど移動しただけなのに、シャモニーの街はどこもかしこも「フランス」の空気が満ちている。フランスだから当たり前なのだが、物理的な距離が短いがゆえにイタリアとフランスの文化の違いがより明確にわかり、日帰り海外旅行気分を味わえる。

シャモニーのメインストリート。おしゃれなブラッセリーやフランスの高級ブランドのショップが並ぶ

 イタリアよりもずっと軽やかな印象の街並みに感激しつつ、小雨の中ウィンドーショッピングを楽しむ。そろそろ小腹が空いてきた。どこかで軽めのランチを取ることに決め、川沿いの可愛いビストロに席を見つけた。

 「ボンジュール」メニューを持って来たキュートなウエイトレスの声に、我々二人は凍りついた。しまった。フランス語、わからん!!

 「あ〜、ブォンジョルノ。イタリア語、わかります?」と聞いてみたが、素っ気なく「ノ」と言われた。慌てて英語でその場をしのぎ、とりあえずメニューを受け取る。表記は全てフランス語……。どうしようかと思案していた我々の隣に、幸いシャモニー在住のイタリア人女性がいた。「あの、簡単なパニーノとビールを注文したいんですけど」と助けを求め、お隣の女性にバゲットサンドとビールを注文してもらった。ほっ、これで一安心。

 アボガドやトマト、レタスとベーコンを挟んだバゲットは焼きたてでパリッとした食感がたまらない。本場のフレンチフライをつまみつつ飲むビールも最高。澄んだ山の空気の中で食べる食事はこの上なく美味しい。

 通りを歩きながら見て来たお菓子屋さんのウィンドーが気になっていた我々は、食後のカフェはパティスリーで楽しむことにして場所を移動。フランスのお菓子はイタリアのそれと比べると見かけからしてとても洗練されている。

 味もただ甘いだけではなく、フルーツの酸味や隠し味のほろ苦さなど、様々な風味が絶妙なハーモニーを醸し出す。店先で見かけて一目惚れした「アルプスのベリーのタルト」は、まさにフランス菓子の王道を行く出来栄えで、普段はドルチェに食指を動かさない我々もすっかり虜になってしまった。

パリッとしたバゲットと新鮮な食材がヘルシーなバゲットサンドはフランスならではの味
山のベリーをふんだんに使ったタルト。甘さ控えめの上品なドルチェ