3月末、時計がサマータイムに切り替わると、周囲のイタリア人たちがそわそわし始める。「夏のヴァカンスどうする?」というフレーズが挨拶がわりになって来るのもこの時期だ。

 イタリアには美しいビーチが無数にあり、最初の数年は私もイタリアの海に夢中になった。しかし、年々騒々しくなるビーチと温暖化で上昇する一方の気温に辟易し、最近はもっぱら「もっと涼しい山の上で、静かなヴァカンスを」と切望するようになった。

 スイス、フランスとの国境には、世界に名だたるヨーロッパアルプスが連なっている。中でも最高峰のモンブラン、モンテローザ、そしてマッターホルンなど名峰の麓にあるヴァッレ・ダオスタ州は『天国に一番近い州』とも呼ばれ、自然の美しさには定評がある。

 夏山のヴァカンスの魅力の数々を、前後編に分けてご紹介しよう。 

■夢にまで見た憧れの避暑地、クールマイユール

 「夏の高級避暑地」として有名なクールマイユールは、ヨーロッパアルプスの最高峰モンテ・ビアンコ(フランス語でモンブラン)の麓にある。ローマからまずはミラノへ移動し、ミラノから高速バスを乗り継いでクールマイユールに着いたのは夕方。家を出てからほぼ8時間が経過していた。

 バスターミナルには、イタリア人、フランス人、カナダ、オランダ、アメリカ、オーストラリアなど、実に国際色豊かな人々が集っている。誰も彼もよく履き込んだトレッキングシューズにトレッキングポール、そして重そうなリュックといういでたちで、「さぁ、登るぞ!」という気合いに満ちている。

 案内所でもらった地図を頼りに中心街を目指して歩き始めると、いきなり急な登り坂が現れた。登山用の装備を詰めたキャリーバッグとリュックが重い。最後の階段を登りきると頭がクラクラしてきた。こんなんで、明日からあの山に登れるだろうか……? 登山ビギナーの私は不安でいっぱいになりながら、背後にぐるっとそびえる4,000m級の山々を見渡して途方に暮れる。後からのんびりと歩いて来た相棒は、そんな私を横目で見て言った。

 「そんなに急いで歩いちゃダメだよ。ここはもう標高1,200m以上の高地なんだから」

 それを先に言えよ! 中心街と聞いてローマやミラノと同じような街を想像していた私は、標高のことなどこれっぽっちも考えていなかった。

 街のメインストリートは、のんびりとそぞろ歩きを楽しむ人々で賑わっていた。小さな子どもや犬を連れた人たち、お年寄りたちも皆マイペースでまったりと歩いている。端から端まで、のんびり歩いても15分ほどの小さなメインストリートだが、さすが高級避暑地らしく小粋なブティックやカフェがぎっしりと軒を連ねている。ウィンドーショッピングだけでも十分に楽しめることを確認し、ホテルに向かった。

クールマイユールのメインストリート。街のどこからでもアルプスの雪山が見渡せ、爽快な気分を味わえる