◼️猛吹雪の大晦日
翌日は大晦日。いよいよ燕岳へと向かう。序盤は樹林帯歩きで比較的安心だが、森林限界を超えた先には極めて厳しい世界が待ち受けていた。猛吹雪が当たり前な場所なので、風が強ければ撤退も視野に入れなければならない。
幸運なことに、この日は吹雪ではあったものの、なぜか小屋の手前までは風が弱かったので、思いのほかスムーズに燕山荘に到着できた。しかし、小屋の目の前に出た瞬間、もはや恐怖すら覚えるほどの猛吹雪に包まれた。すぐに小屋へ駆け込み、ひと安心。
その夜、外は相変わらず吹雪が続いていた。星空はおろか、外に出ることすらできない。でも、いいのだ。小屋では温かい年越しそばと日本酒が待っていた。冬季営業の燕山荘では、ヘリでの物資補給がないため、スタッフがすべての食材を背負い上げているという。そんな貴重なそばを味わい、布団を4枚重ねて就寝。小屋は風に揺れ、年越しの瞬間もガタガタと鳴り続けていた。吹雪の山小屋で迎える新年。私は布団にくるまりながら、「私はいったい、どこで、なにをしているんだろう」と考えていた。
◼️1日遅れの「初日の出」
迎えた元旦、燕山荘では特別におせち料理が用意されていた。すべてスタッフが自力で背負い上げた食材を使った、心のこもったおせち。これ以上に贅沢なおせちはないだろう。 この日、八ヶ岳や中央アルプスは晴れていたらしい。SNSでみんなの初日の出の投稿を見てから燕山荘のドアを開けてみると……。
目の前に広がっていたのは、「真っ白な何もない世界」 だった。私たちの周囲は、まだ猛吹雪のままだったのだ。外の気温はマイナス25℃、体感気温はマイナス33℃。とてもじゃないが、外に居続けることはできない。
数時間後。小屋の中が騒がしくなったのでふとドアを開けてみると、そこには、雲の中から姿を現した燕岳があった。何日も続いていた猛吹雪が、やっと収まったのだ。私は慌てて準備を整え、山頂へと向かう。登頂する頃には、雲ひとつない青空が広がっていた。
そのあと、小屋の前では餅つきが行われ、冬山とは思えないほどのにぎわいを見せた。1月1日午前11時、天気は完全に回復。夕暮れ時には、ダイヤモンドダストが舞う向こうに、西日に染まる槍ヶ岳が浮かび上がった。この絶景は、もう奇跡じゃないか。
翌1月2日も快晴で、私は1日遅れの「初日の出」を燕山荘から拝むことができた。鮮やかに染まる富士山。澄み渡る青空。あの猛吹雪からの大逆転。
冬の燕岳の様々な表情を見て心が満たされた私は、青空の燕岳をあとにした。こうして、4日間にわたる新年の大冒険は幕を閉じたのだった。