第一次バスフィッシングブームと呼ばれた1990年代初頭。筆者は宮城県で、趣味のサーフィンとブラックバス(以下、バス)釣りに明け暮れていた。当時、インターネットは普及しておらず、情報源は雑誌や釣り仲間、行きつけの釣具店に限られていた。
そんなある日、釣具店のスタッフから「ある野池で釣りをしたら、こんなのが釣れた!」と、50cmを超えるバスの写真を見せられた。その一枚を目にした瞬間、興奮を抑えきれなかった。居ても立ってもいられず、早速、朝のサーフィンを楽しんだあとにその野池へ釣りに行く計画を仲間と立てた。
しかし…… その釣り場には別の噂もあった。
■静寂さと雨…… 絶好の釣り場だが

6月下旬の休日。仲間3人と朝から快晴のもと、気持ちよくサーフィンを楽しんだあと、地図を頼りに初めて訪れる釣り場の駐車場に着いた。鬱蒼とした木々に囲まれた静寂な野池で、不思議なことに休日にもかかわらず釣り人は2〜3名しか見当たらず、周辺の遊歩道を散歩している人も数人ほど。バス釣りブームだった当時はどこの釣り場も釣り堀の如く人でごった返しているのが普通だったので、その静けさだけで嬉しくなった。
早速、ロッドとタックルボックスを抱え、釣りを始めることにしたが、道の途中にある供養碑らしき石碑に花が添えてあるのに気がついた。筆者と仲間はサーフィン後に直行したため、Tシャツに短パン、足元はビーチサンダルという軽装。ライフジャケットも持ち合わせていなかった。今となっては危険行為だが、当時の我々はそれが普通だった。
3人はそれぞれの場所に分かれ、静かな水面にルアーをキャストする。釣りを始めて間もなく空が曇り始め、やがて雨が降り出した。
幸い小雨だったため釣りを続けていると、雨の影響か、土埃の匂いに混じって何か生臭さを感じた。それが野池から立ちのぼる異臭なのかは分からないが、気にしつつもキャストを続けた。離れた場所にいる仲間の姿は見えない。ただ時折、キャストする際の風切り音が「シュッ」と聞こえたり、ルアーの着水音が聞こえたりしてくる。


しばらくすると、「よし、釣れた!」と遠くで仲間の声がした。しかし、木々に遮られてその様子をうかがうことはできない。やはり釣り人は、先に釣られると熱くなるものだ。
「次は自分の番だ!」と思い周囲を見渡すと、池の淵にせり出す立木の影が落ちる絶好のスポットが目に入った。そこへキャストしようと近くに移動すると、池の淵は想像以上に急な斜面だった。しかし、熱くなっていた筆者は水辺ぎりぎりに立ち、慎重に狙いを定める。そして、キャストした瞬間、わずかなぬかるみに足を滑らせ、バランスを崩してしまった。