■「楽しさ」と「学び」がともにある山小屋に
蝶ヶ岳は、特別な技術がなくても体力と気力さえあれば登ることができる、北アルプスの入門の山だといえる。そんな山のそばに建つ蝶ヶ岳ヒュッテの経営者として、梢がめざしているのが「楽しさとともに学びがある山小屋」にしていくことだ。

蝶ヶ岳ヒュッテや大滝山荘をどんな山小屋にしていきたいと考えていますか?
梢「蝶ヶ岳は北アルプスの入門の山として、初心者の方が大勢登ってきます。だからこそ、蝶ヶ岳ヒュッテは、山を始めて間もない人、経験の浅い人を優しく受け入れてあげられる山小屋でありたいと思っています。初心者の方たちを迎え入れるにあたって、山小屋として『山って楽しいな』『蝶ヶ岳ヒュッテっていいな』と感じてもらえる環境やサービスを提供することはもちろんなのですが、それだけじゃなく、うちの山小屋に泊まることが登山や自然について学ぶきっかけになってくれればいいなという思いもあります」

「また、大滝山荘は、常念山脈のメインの縦走路から外れているため、登山者は少なく、昔ながらの山小屋の雰囲気もあります。各地の山を登り、さまざまな山小屋に泊まってきた方が、のんびりと静かに山で過ごしたいと思ったとき、来てもらえるような山小屋にしたいですね」
登山者の「学び」のために、どんな取り組みをされているのですか?
梢「ひとつは、宿泊の予約をいただいた方全員に、山小屋だからこそ発信できる1次情報をメールできちっとお伝えすることです。たとえば、『この日は天気が悪いので、ちゃんとレインウェアを持ってきてください』とか、『まだ残雪があるから、アイゼンは必携です』といった内容になります。自分の登る日がどんな天気なのか。登山道がどんな状況で、どんな装備を持っていけばいいのか。そうした情報を知り、必要な準備をしていただければ、遭難事故を未然に防げるし、次にほかの山を登るときの参考にもできます」
「近年は山岳部や山岳会に入って山を始める人は少数派で、大多数の人は本やインターネットで情報を得て、個人として登っています。それ自体は悪いことではないのですが、なかには登山の基本的な知識や技術、マナーやルールなどを誰からも教わることなく、山に来てしまう人もいます。そうした方たちに、『どうすれば安全に登れるのか』『どうすれば自然を守りながら山を楽しむことができるのか』を学んでもらい、次の登山、次の山小屋で生かしていってもらいたいんです」
麓の山小屋や宿泊施設と連携して、情報発信を行っているそうですね。
梢「徳沢園さん、徳沢ロッヂさん、横尾山荘さんといった蝶ヶ岳への登山口に位置している山小屋や、上高地の西糸屋山荘さんなどに『蝶ヶ岳に来る登山者の方に、現在の山の季節はこんな感じです、というご案内をしてください』とお願いをしています。山小屋や宿泊施設の方から直に案内してもらうことで、知っておいてほしい情報が登山者の方に確実に伝わるし、逆に麓の小屋や宿の方から『今日、蝶に登るという人がいて、アイゼンがないみたいだけど、大丈夫?』といった問い合わせが来て、こちらがそれにお答えするということもあります」

北アルプスのような多くの山小屋が点在する山域では、そうした横の連携は大切だし、有効ですよね。
梢「山小屋同士のネットワークはどんどん強くなっている実感があります。国立公園において山小屋は、宿泊施設としてだけではなく、登山道整備、遭難者の救助、体調不良者やけが人の対応など、さまざまな役割を担っています。人手不足や諸費用の高騰、技術者の減少など、山小屋を取り巻く環境は厳しくなっています。だからこそ、今後ますますほかの山小屋さんや関係する業者さん、公的機関の方と綿密に情報交換をして、連携を取り続けていければと思っています」

