■水底へと吸い込まれる恐怖

せり出した木の枝。このような場所の下にバスがいる場合も多い

 「あっ!」と思った瞬間、視界が暗転した。濁った池の水が一気に頭上から覆いかぶさり、全身が水中へと引きずり込まれる。次の瞬間、筆者は池の中に沈んでいた。一瞬ではあるが、頭のてっぺんまで完全に水没したのだ。ここは水底の地形が急に落ち込んでいるので、岸から2mのところですでに水深3m以上ある。

 何とか顔を水面に出したものの、生臭い水が口や耳の中にまで入り込み吐き気がした。息を整える暇もなく、必死に岸へ這い上がろうとするが、水中の傾斜はすり鉢状でヌルヌルと滑り、手も足も思うように掛からない。すぐそこに岸が見えているのに、もがけばもがくほど身体は沈んでいき恐怖がじわじわと全身を支配した。

 さらに、信じがたいことに足首に何かが絡みついた。水草か? それとも何かの紐か? 必死に足をバタつかせ振り払おうとするが、それはまるで意志を持つかのように足を締めつけ、決して離そうとしない。まるで、水底へと誘われているかのように…… 掴まれている感覚が、背筋を凍らせた。

■声が出ない!? しかし、ある教訓が頭をよぎる

水中に落ち込む傾斜した地形は特に危険なので注意したい

 パニックに陥りながらも、仲間に助けを求めようと声を上げた。しかし、口の中に水が流れ込み、まともに声にならない。必死に叫んでいるつもりなのに、耳にも水が入っているせいか、自分の声すらまともに聞こえなかった。そのときふと、サーフィンでの教訓が頭をよぎった。「冷静さを失うと溺れる」 そう自分に言い聞かせ必死の抵抗をやめて、なんとか息ができる状態を保つように努めた。

■仲間の救助、そして後から知った池の正体

 水に浸かってどれぐらいの時間が経っただろうか…… 気が付くと仲間が目の前に立っていた。声は聞こえにくかったが、横を指さし、上がれそうな場所を教えてくれている。やはり冷静になることは大切であり、足に絡まっていた何かも嘘のようにスッと離れた。横に泳ぐように移動して、傾斜のゆるい場所から私に手を伸ばし、なんとか引き揚げてくれた。仲間は私の声は聞こえず、水をバシャバシャとかき回す音だけが遠くから聞こえてきたという。

 岸に引き揚げられた筆者は全身ずぶ濡れ。サンダルは片方を失くし、泥まみれの無惨な姿で大切なロッドも池の中に…… しばらく呆然としたあと、筆者は釣りを中断して帰宅した。

 あとから知った話だが、昔からあるこの野池は水難事故で亡くなった人が多く、霊として現れるという話が囁かれていたのだ。それを知っていた父親からも「なぜ、あの池に行った? あそこは昔から変な噂がある。もう近づかないほうがいい」と真顔で忠告された。

 ちなみに、この野池は現在でも不思議で怖い話が尽きない。

■釣りを安全に楽しむために 

釣りを楽しむにはしっかりとした安全対策が欠かせない

 それ以来、筆者は釣りの装備を見直すことにした。水辺での油断は命取りになる。足元にはソールに滑り止めの溝が付いた長靴を履き、ライフジャケットは必ず着用するようになった。また、野池の淵は滑りやすいため、むやみに近づかないことが重要だ。特に雨の日の足場は転倒のリスクが高まるため、十分に注意しなければならない。釣りは楽しい趣味だが、安全対策を万全にし、万が一の事態に備えることが何よりも重要である。