■きっかけは小学生の言葉

 「本当においしい卵は、心身ともに健康で元気な鶏から産まれます」

 こう語るのは一輝さんのお父様で黒富士農場の会長である向山茂徳さんだ。もともとは先代が1950年から果樹栽培が盛んな甲州市で“ケージ鶏舎”で養鶏を営んでいたが、1989年に茂徳さんがここへ移住し、“平飼い放牧”を始めた。鶏にとってより良い環境を求めた結果、この地にたどり着いたという。



鶏を愛でる黒富士農場の会長、向山茂徳さん

 きっかけは農場見学に来ていた小学生の女の子の一言だった。その子は当時のケージ鶏舎を見て「ニワトリさんかわいそう……」と。この一言に心を動かされた茂徳さんは、鶏が幸せに暮らす為にはどうすればよいのか追求してきた。すでにアニマルウェルフェアの考え方を持っていたといえるだろう。

 かつては日本でも多くの農家が庭先で鶏を飼っていた。その頃には毎日、食卓に新鮮な卵が並んでいたはずである。最近になって消費者の中からは「昔の卵が食べたい」という声も聞かれるようになった。とはいえ、現在の日本には庭先で鶏を飼う環境はなかなかない。生産者がかつての環境に近い形で鶏を育ててくれるのであればありがたい。

 黒富士農場では、平飼い放牧という飼育方法を実践している。平飼いのデメリットとされる衛生面にもとことんこだわり、おいしい卵を生んでくれている鶏のストレスにならないように環境美化に取り組んでいるという。鶏たちは鶏舎と放牧場を行き来するので、鶏舎内は清潔に保たれている。

 毎朝、鶏舎から出された鶏たちは、のんびりと牧草を食べては走り回り、疲れたら座ってひと休み。給餌器が回り始めると、餌を食べるためにいったん鶏舎に戻る。お腹いっぱい食べたら、再び外を駆け回る。気が済むまで遊んだら、夕方4時頃には鶏舎の中へ戻って休む。そういう生活を送っているのだ。

毎朝8時にスタッフが放牧場の扉を開けると、鶏たちはいっせいに外へ。黒富士農場の鶏たちは、のびのびと元気な毎日を送っている。

■ケージ飼い、平飼い、平飼い放牧

  「ケージ飼い」は、金網の中だけで飼育する方法で、鶏は鶏舎内を自由に歩き回ることができない。これに対して「平飼い」は鶏舎の中で地面の上に放す飼育方法で、鶏舎の中を歩き回ることができる。ただし、両者にはメリット、デメリットがあり、一概にどちらが良いとは言えない。 

  「現在、日本の養鶏の90%以上はケージ鶏舎で飼育されていますが、近年は平飼いの生産者も増えてきています。でも、平飼いが必ずしもが良い飼育環境だとはいえません。たとえばケージ飼いでは高床で育てられるので衛生管理がしやすいのですが、平飼いでは地面の上で育つために常に地面を清潔に保つきめ細かい管理が必要です」(前出・向山一輝さん)

広大な敷地内にある飼料プラントと鶏舎

 基本的に平飼いはケージをなくした鶏舎の中で飼育するが、その環境は場所によって様々であり、基準のない平飼いは危険だという。中には逆に劣悪な環境になってしまっているところもあるという。向山さんはケージフリー推奨の動きに応じて、消費者が安易に“平飼い”という言葉だけに飛びつくことには警鐘を鳴らす。

 「私たちの農場では、“鶏たちが生活し卵を産む”鶏舎内は衛生管理区域内の高度管理区域に指定し、関係者以外の立ち入り・野生動物・病原体の侵入防止を徹底しています。廃鶏から入雛までに、鶏舎内の隅々まで清掃・洗浄・消毒し、常に清潔に保っています。しかし、それは消費者には分かりませんよね。ですから、どのような環境下で平飼いされているかを判断する基準が必要だと感じていました。山梨県のアニマルウェルフェア認証制度はまさにその基準を示してくれたといえます」(前出・向山一輝さん)