「平飼い放牧」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
「放牧」というと牛や馬を思い浮かべるが、「平飼い」といえば…… そう、鶏なのだ。
最近はスーパーの卵売り場でも「平飼い」の文字を目にする機会が多くなったが、「平飼い放牧」というのはあまりお目にかからない。そんな折、とことん環境にこだわった養鶏場があると聞き、山梨県甲斐市の八ヶ岳の麓にある「黒富士農場」を訪ねた。ちょうど紅葉シーズン直前の10月半ば、周囲の山々は色づき始めていた。
■農場周辺の自然環境は抜群!
東京から中央自動車道で2時間余り、双葉ICで高速を降り、勾配のキツイ一般道を登る。目指す農場は標高1,000mを超える山懐にあった。幸運にも天気に恵まれ、秋晴れの青空の下、周囲の山々は美しいグラデーションに彩られ始めていた。
標高が高いため、空気は澄み切っていて少しひんやりとしている。来た道を振り返ると、甲府盆地を見下ろす抜群の眺望が開けていた。ハイカーや登山者の姿も見られる。近くには有名な渓谷や、人気の登山道があるのだ。
そして、ここが展望台だと言われても疑わないほどの絶景を眺めながら、毎日健やかに暮らしている鶏たちがいた。冒頭の「平飼い放牧」の鶏である。
ここで養鶏が行なわれている理由は、この美しい自然環境があったからこそ。黒富士農場のある甲斐市周辺には八ヶ岳連峰や南アルプスなどの山々が聳える。農場の近くには茅ヶ岳の湧水を集めた美しい小川が流れており、綺麗な水にしか生息しない貴重なサンショウウオの姿もみることができるそうだ。
黒富士農場HPには、こう書かれている。
「なぜ私たちがこの場所を選んだのか? その大きな理由のひとつが、天然湧水です。卵にとって水はとても大事で卵白に至っては、約89%が水分といわれています。黒富士農場の上流から流れる湧水は、ミネラルに富んでいてとてもおいしく、それが黒富士農場の卵のおいしさにつながっています。地下水からくみ上げ、ろ過して飲み水となったものを、鶏たちも私たち生産スタッフも愛飲しています。もちろん、水質検査も毎年実施しています」
(黒富士農場HPより)
この農場を訪ねたのは「やまなしアニマルウェルフェア」の認証を受けた生産者の方に直接お話を聞く機会をいただいたからだった。アニマルウェルフェアとは聞きなれない言葉だが、“家畜の誕生から死を迎えるまでの間、ストレスを出来る限り少なくし、健康的な生活が出来る飼育方法を目指す”という考え方で、「家畜の快適性に配慮した飼養管理」のことをいう。
言葉で表現すると少々難しいが、動物が本来持っている習性や行動を制限せずに飼育できる環境で育てる、ということになるのではないだろうか。家畜が健康であることがすなわち、食品も安全であるということだと思う。
黒富士農場がある山梨県北部は、夏は涼しくて過ごしやすいことから避暑地として人気のエリアでもある。近年は移住希望者も多い。ただし、冬は非常に寒く、氷点下10度を下回る日もザラだという。そんな寒冷地で“放牧”とは、鶏にとってはどうなんだろうという疑問も沸く。
黒富士農場の向山一輝さんにお話を伺った。
「鶏は体温が42度くらいあるんです。だから寒さには強いんですよ。それに外がマイナスでも鶏舎の中は0度以下になることはほとんどありません。逆に暑さに弱いです。山梨というと涼しいイメージを持たれる方もいらっしゃるんですが、甲府など盆地では夏には気温が40度近くになることもあるんですよ。黒富士農場は、標高1,100mの山懐に位置しています。山々に囲まれた自然豊かなロケーションは夏でも非常に涼しく、鶏たちにとっても過ごしやすい環境になっています」
最近のアウトドアブームもあり、東京から日帰りも可能というアクセスの良さから登山者の姿も多く見られるそうだ。それもそのはず、農場の近くの道は観音峠に通じる登山道となっていて、周辺には茅ヶ岳(1,704m)や曲岳(1,642m)、農場の名前の由来でもある黒富士山(1,633m)もある。渓谷として有名な昇仙峡も近いのだ。
「すぐそばに登山道があるので登山者の方もよく見かけます。昔は道路脇で卵の直売をしていたこともあるんですが、あまり多すぎると生産に支障をきたしてしまうので、現在は麓の直売所で買ってもらうようにしています。最近は農場HACCP(ハサップ)を取り入れて衛生管理区域を設けていることもあり、外部の侵入を制限する必要もあるんです」(前出・向山一輝さん)
農場HACCPというのは、「家畜の所有者自らが有害物質の残留の危害や生産物の温度管理等の重要管理点を設定し、継続的に記録・管理を行うこと」で、生産段階での危害要因をコントロールする方法だ。我々も農場の敷地に入る前に車ごと消毒された。外部から病原体を持ち込まないためだ。衛生管理は徹底されている。