■やまなしアニマルウェルフェア認証制度

 山梨県は南に富士山、西に南アルプス、北に八ヶ岳、東に奥秩父山地など、標高2,000〜3,000mを超す山々に囲まれ、県の面積の約8割を森林が占める。湧水が豊富で、ミネラルウォーターの生産量も日本一を誇る。だが、けっして畜産が盛んな地域ではない。首都圏にあり、大消費地の東京に近い土地柄にもかかわらず、農林水産省が発表する全国の統計(畜産物の市場規模)では下から数えた方が早い。しかし、だからこそ新しい取り組みにチャレンジやすい環境にあったともいえる。

 山梨県農政部は動いた。アニマルウェルフェアで飼育された健康な家畜が生産する畜産物が、付加価値をもっているとし、信州大学の竹田謙一准教授や畜産技術協会など、アニマルウェルフェアの専門家を交えて検討会議を重ねた。そして、畜産業や畜産物の付加価値としてブランド化することを目指し、「やまなしアニマルウェルフェア認証制度」をスタートさせ、令和4年2月から認証を取得する生産者の募集を始めたのだ。

 山梨県農政部畜産課長の渡邉聡尚さんに話を聞いた。

 「アニマルウェルフェアは、家畜を快適な環境下で飼養することで家畜のストレスや疾病を減らすということであり、その結果として安全な畜産物の生産にもつながるという考え方です。山梨県では全国の自治体としては初となる認証制度を創設し、持続可能な畜産を目指しています。最初は生産者に対して【取組認証《エフォート》】、次にそこで生産された畜産物に対し【実績認証《アチーブメント》】と、2段階の認定区分を設定しており、アチーブメント認証を受けた農場で生産された畜産物はロゴマークの使用が可能になります」

【やまなしアニマルウェルフェア】

https://www.pref.yamanashi.jp/oishii-mirai/contents/sustainable/animal_welfare.html

やまなしアニマルウェルフェアのロゴマーク

 

 渡邉さんの話に出てきた「エフォート」とは全畜種共通の基準であり、これをクリアしたものは計画段階で認証される。それに対して、「アチーブメント」は畜種ごとに細かく設定されている。基準をクリアした飼育環境で育てられているかを認証会議が判断、認証することによって、畜産物に付加価値を生み出す。その基準は、乳用牛、肉用牛、養豚、採卵鶏、肉用鶏、という5つの畜種ごとに細かく定められている。詳しい概要については、以下を参照して欲しい。

【やまなしアニマルウェルフェア認証制度の概要】
https://www.pref.yamanashi.jp/chikusan/documents/awninnsyouseidogaiyou.pdf

 

 たとえば、黒富士農場のような採卵鶏の場合、アチーブメントとして、「飼育面積は1羽あたり0.15平方m以上あるか」「止まり木(15cm以上)は設置しているか」「砂浴び場は設置されているか」「快適な産卵場所が確保されているか」など、10項目の基準が細かく設定されている。

 鶏は1日の活動時間の75%を地面を突くことに費やすといわれている。寝るときには地面から少し高いところにある止まり木で休み、外敵から身を守る。そして、地面の砂に羽をこすりつける「砂浴び」と呼ばれる習性を持ち、羽についている寄生虫などを落とし、体を清潔に保つ。これらは鶏にとっては欠かせない行動なのだ。そうした動物が本来持っている習性を制限することなく飼育することこそがアニマルウェルフェアの考え方だといえる。

鶏舎から外へ放たれる鶏たち

 取材した黒富士農場をはじめ、アチーブメント認証を受けた農場は現在以下の7ヵ所だ。

■アチーブメント認証農場(2022年9月22日現在)

農場名 農場所在地 畜種
有限会社 黒富士農場 甲斐市 採卵鶏
清泉寮ジャージー牧場(公益財団法人キープ協会) 北杜市 乳用牛
ぶぅふぅうぅ農園 韮崎市 養豚・採卵鶏
農事組合法人 甲州地どり生産組合 笛吹市 肉用鶏
望月農場 南部町 採卵鶏
株式会社 ミソカワイントン 甲州市 養豚
Mt.Fuji Craft! Farm 富士河口湖町 乳用牛

 

■日本で初めてのオーガニック卵

 黒富士農場では、放牧場、鶏舎内の土づくりは有機農法で行われ、飼料にもこだわり、2002年にはIFOAM(国際有機農業運動連盟)やCODEX(食品の国際規格)の規格を参考に、日本で初めてのオーガニックの養鶏も始めた。

 「採卵鶏での有機JAS取得は非常に難しく、鶏の食べるもの、飲むもの、暮らす場所、全てにおいて厳しい基準が設けられています。でも有機栽培で大豆やトウモロコシを育てるには非常に手間がかかります。そのうえ2年以上、農薬・化学肥料に頼らず栽培されたという記録がないと有機認証されません。

 黒富士農場では、鶏たちが心からのびのびと元気に過ごせなければ、おいしい卵はできないと考えています。人が美味しい卵を食べるために鶏を育てるのではなく、鶏が元気に暮らして卵が産めるようにと、何よりも鶏の幸せを一番に考え、環境にも飼料にもこだわっています」(前出・向山一輝さん)

 

 オーガニック卵は山梨県内に4ヵ所ある「たまご村」という直売所で購入することが出来る。そして平飼い放牧で育てられた鶏の卵は「放牧卵」として売られている。向山さんは「おいしい卵というよりは、優しい卵ですね」という。確かに味覚には人それぞれ好みがあり、一概においしいとは言えない。でも、生産者がこだわり、手間ひまかけて生産された卵には価値があると思うのだ。

たまご村で販売されている「放牧卵」

 生卵で食べることを勧められたので王道の卵かけご飯で食べた。卵は自然な味がした。不自然な旨味のようなものは感じられない。おいしくいただいた。ごちそうさまでした。

「放牧卵」をごはんにかけてみた!