■なぜ海では心霊話が多い? 僧侶が語るその理由

 結局、その年の沖縄旅行の思い出は、不可解な出来事に塗りつぶされることになった。クローゼットの中に浮いていた男。海から呼ぶ声。あの夜、私たちが遭遇したのはいったい何だったのだろう。

 旅行から戻ったあと、気になって島のことを調べてみた。すると、太平洋戦争中、地元住民を含め多くの命が失われた場所だと知った。その歴史の重さゆえか、霊の目撃談や不思議なウワサが絶えない島としても知られているようだった。

 実際、沖縄は場所に限らず、過去の記憶と重なるような形で語られる心霊譚が数多く残っている。説明のつかない現象の理由を、人々が過去の歴史に求めたのだろうか。だがなぜ、“海”にまつわる怪異譚が多いのだろう。その疑問について、筆者の友人のある僧侶(以下、Aさん)がある興味深い見方を示してくれた。

ある概念から説明できる“地に留まるもの”とは(画像/shutterstock)

 「東アジアには古くから、『魂(コン)』と『魄(ハク』の二元的霊魂観と呼ばれるものが存在しています。これは儒教に由来する概念です」

 Aさんによると、魂は精神や意識であり、死後に肉体から抜け出して天に昇るもの。魄は肉体に結びつく記憶で、地に留まるとされているらしい。

 「この魂魄論と同様の認識は、先祖祭祀を重視してきた日本の仏教にも存在します。沖縄は中国との関係が深いこともあり、本土以上に魂魄論が先祖祭祀のなかに根付いている地域です」

 海で幽霊の目撃談が多い理由についてAさんは、「魄の概念から説明できるかもしれません」と話す。

 「水難事故や災害などで人が亡くなった場合、遺体がすべて回収されるとは限りません。肉体が海に留まれば、魄―― つまり『身体に宿った記憶』もその場に残る可能性がある。海辺に出る霊は、肉体に結びついた思念のような存在だと見ることもできるんです」

 とくに沖縄は、太平洋戦争の末期、激しい戦火に晒された土地でもある。戦闘の混乱のなか、遺体の回収が間に合わず、壕(ガマ)の内部や崖の下、あるいは海中にそのまま残されたケースもあったという。戦後も遺骨の収集や供養は長年にわたって行われてきたが、森の奥や海の底に眠ったままの骨もあるかもしれない。

 17年前に筆者たちが見聞きしたものは、たんなる気のせいだったのか。それとも、未だ大地に眠る骨に宿った魄が何かを訴えかけてきたのか。真相は分からないままだ。

穏やかで美しい海にも悲劇の歴史が残る(画像/shutterstock)

 今回は説明のつかない不思議な現象についての捉え方を、ひとつ紹介した。もしその場所に残された「記憶」に遭遇した際には、理解と敬意をもってあたりたいものだ。