山や川をはじめ海もまた、アウトドア好きにとって楽しみの多い場所だ。ほのぼのとしたイメージのある堤防釣りやSUPから、沖まで船を出して大物を狙う本格的な釣りまで、遊び方は人それぞれだろう。
それと同時に海は、奇妙な体験をする人が意外に多い。季節を問わず、幽霊を見た、呼ぶ声が聞こえた…… そんな話が日本各地で語り継がれている。実際に、筆者もかつて沖縄の海で、背筋の凍るような体験をしたひとりだ。
なぜ海では心霊話が多いのか。ある僧侶によれば、東アジアに古くから伝わる、ある霊魂観が関係しているという。
■心霊体験? 集団幻聴? 離島で起きた一夜の異変
今から17年前、筆者は大学のサークル旅行で沖縄のとある離島を訪れた。美しいビーチのある、マリンスポーツ好きにも人気の島だ。昔のことゆえ、当時の記憶はほとんどないが、ひとつだけ、今も鮮明に覚えている出来事がある。
そのとき泊まったのは、海岸沿いに建つ数階建てのホテル。館内は少し古びていて、昼間でもどこか薄暗く感じたのを覚えている。案内されたのは2人部屋の洋室で、ベッドが2台壁際に並んでいた。入り口手前のベッドの足元には開閉式のクローゼットがあり、その扉は最初から開いたままになっていた。同級生のA子と同室になった筆者は、ジャンケンで勝って窓際のベッドを選んだ。事が起こったのは、その夜だ。
移動の疲れもあって、筆者はその晩、早めに床についた。だが眠っている間、悪夢に襲われたのだ。はっと目を覚ましたときには、すでに夢の内容を思い出せなかったが……「とにかく嫌な夢だった」という感覚だけは、寝起きの身体にじっとりと残っていた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光を浴びながら、「夢でよかった……」と、小さく安堵の息をもらす。そして、ふと隣を見ると――…… A子がベッドの背にもたれ、布団を抱えたままガタガタと震えていたのだ。
明らかにただごとではない。「おはよう」もそこそこに「どうしたの?」と声をかけると、A子は唇を震わせながら語り始めた。
「夜中に声が聞こえて、目が覚めたんよ。そしたら…… 隣で寝てたアンタが、『こっちに来るな!』って、ずっと叫んでて……」
A子によれば、筆者はまるで何かを追い払うように、窓に向かって手を振り回しながら、低く唸っていたという。「こっちに来るな、こっちに来るな」と、何度も。もちろん、そんなことをした覚えは一切ない。まさかの出来事にゾッとする筆者。A子は怯えたまなざしで私を見つめながら、話を続けた。
「え!? ってびっくりしていたら、何か気配がして。ベッドの正面のクローゼットをふと見たら…… おったんよ。膝を抱えた海パン姿の男が。クローゼットの中に」
開けっ放しにしていたクローゼットの上部に、その男は浮いていたという。正面には幽霊、隣では同室の友人がうなされながら叫んでいる。そんな一夜を過ごしたA子は、結局ひと晩中、眠れなかったそうだ。
朝食を取ろうと、筆者とA子は重い足取りでホテルの食堂に降りていった。二人とも顔色は悪く、ほとんど無言のままだった。サークルメンバーたちはすでにテーブルを囲んでいて、なにやらざわついている。笑い声というよりも、興奮と困惑が入り混じった空気。近づいて「どうかしたの?」と尋ねると、先輩から思いがけない言葉が返ってきた。
「…… 夜中、海で呼ばれたんだよ」
深夜、5人ほどのメンバーが海辺で遊んでいたという。そろそろ切り上げようかと話していたとき、真っ暗な海から「おーい」と声が聞こえたそうだ。他の観光客かと思ってあたりを見回したが、ビーチには誰もいない。気のせいかと思ったそのとき、もう一度。
「おーい…… おーい…… って。今度ははっきり、海の向こうから聞こえた。あの声に捕まったらヤバいって、直感で思ってさ。全員でホテルに逃げ込んだよ」
謎の声は、その場にいた全員に、確かに聞こえていたという。