■暮らしに深緑を取り込む「杉本家住宅」

 杉本家住宅には、主に5つの庭があります。2011(平成23)年、その全てが京町家として初めて、国の名勝に指定されました。このうち、玄関庭と走り庭は鑑賞する庭ではなく、生活通路及び作業場です。

竈土「おくどさん」がある走り庭。おくどさんは4つの焚き口がある(JR東海提供)

 表戸口から店の間と玄関庭を抜け、内玄関を通ると座敷庭に向けて、手前から六畳の間、中の間、座敷と部屋が並びます。電気が通っていない1870(明治3)年から残る住宅に合わせて電気は消され、自然光のみの空間。夏のしつらえとして、庭に面した建具は布簾(ぬのすだれ)になっています。非常に軽い素材で、近づいてみると庭の緑が少し透けていて、薄さがよく分かります。

座敷庭に面した布簾から透ける緑が印象的

 座敷にはお花の香りが漂っており、その香りの正体は座敷庭に植っている日本原種のクチナシ。座敷庭に目を向けると、緑の中に一際目立つ白いお花がいくつも咲いていました。

 縁側に近づいて少し見下ろしてみると、地面には薄らと苔が生え、蔵の方に向かって橙色の丸い飛び石が配置されています。緑の中に置かれた飛び石の色によって、景色が締まって見えます。雨の日には、濡れた苔と飛び石が艶を帯びていてとても綺麗です。

雨に濡れた庭からはほんのりとクチナシの香りが漂う

 座敷庭を堪能したら、次は八畳の間に移動。こちらは1893(明治26)年に増築された部屋です。部屋の中は数寄屋造(すきやづくり)になっています。そのため、先にあるのは藪内流の露地庭(ろじにわ)。茶室の建築手法を取り入れた造りである数寄屋造に合わせて、茶室に付随する露地庭が作庭されているのですね。

 露地庭には井戸と石灯籠、飛び石、それから石で作られた兎が二羽が設置。地面にかかる木はほとんどなく、地面に生える苔がよく見えます。このなかで一際目を惹くのが、二羽の兎です。この兎は昔から居るそうで、なぜ兎なのかは分からないようです。

茶室に向かう通路として生まれた露地庭
苔の上に座って見つめ合う二羽の兎

 可愛らしい兎に別れを告げて向かったのは、仏間。こちらにあるのが仏間庭です。仏間庭は今までの緑豊かな庭と打って変わって、滑石が敷き詰められた細い庭。庭は大きな角ばった石と陶器や銅で作られた蟹、手水鉢、滑石のみで構成されています。

 苔が生えた緑の庭も素敵ですが、季節ごとの変化を感じさせない、ほとんど石で完結している庭も粋ですね。

仏間庭には蟹が何匹も隠れていて遊び心がある(JR東海提供)

【DATA】
杉本家住宅
住所/京都府京都市下京区綾小路通新町西入ル矢田町116
時間/10〜17時(イベント時変動あり)
休/要事前問い合わせ
料金/1,500円(イベント時変動あり)
https://www.sugimotoke.or.jp

●【MAP】杉本家住宅(京都府京都市下京区)

■夏だからこそ訪れたい緑一色の空間

 京都といえば春の桜や秋の紅葉では? そんなイメージが少しでも払拭されたでしょうか。

 京都は平安京造営以降長い期間、政治の中心となり、さまざまな文化が生まれました。そのうちのひとつが庭園文化です。現在も寺院や京町家がたくさん残り、それらには必ずと言ってよいほど、文化を受け継ぐ庭園があります。

 今年の夏は普段、あまり目を向けない庭園を散策して、苔や深緑を愛でてみてはいかがでしょうか。きっと山の緑とはまた違った、文化の織りなす自然が見えてくるはずです。

 自身で行きたい庭園を調べて計画を練るもよし、今なら用意されている苔と深緑が美しい寺院をお得に拝観できるプランを活用するもよし、自分や同行者にあった方法で夏の京都を楽しんでみてください。

【取材協力】
JR東海
「そうだ 京都、行こう。」特設サイト
https://souda-kyoto.jp/other/summer2025/