■山に登る日を思い描きながらのリハビリ

「入院生活は、リハビリをされていたんですよね。大変でしたか」と尋ねると、由佳さんは笑顔でこう答えた。
「それが楽しかったんです。少しずつできることが増えていくのがうれしくて。リハビリを乗り越えたら、きっとまた元の生活に戻れる。そう思っていたから、つらいとは感じませんでした」
彼女が救急搬送されたのは、長野県内の病院だった。彼女は大阪に戻ることはせず、そのままその病院で治療を受けることに決めたという。リハビリの合間には、病院の屋上から見える長野県の山々を眺めながら、「また山に登れる日が来る」と信じ続けていたそうだ。

山仲間たちが贈ってくれた登山の本も心の支えになった。ページをめくるたびに、次はどの山に登ろうかと想像をふくらませていた。
「山に登れることを考えるだけで、気持ちが前向きになれました」と由佳さんは振り返る。
■退院後に訪れた孤独と不安
入院中は悲壮感もなく、リハビリも前向きに頑張っていた由佳さん。けれど、退院してからの日々が、いちばんつらかったと振り返る。
病院では食事も出るし、看護師さんが身の回りのことを助けてくれる。ところが、一人暮らしの由佳さんにとって、退院後の生活は、すべてを自分でこなさなければならない毎日だった。
「近所のスーパーに行くだけでも大変でした。歩いて10分くらいの距離なのに、何度も休憩しながらやっとの思いで往復していました」
それ以上に怖かったのは、行き交う人の存在だったという。「誰かにぶつかって、転んでしまうのがすごく怖かったんです。友人に食事に誘われても、乗り物に乗るのが怖くて、ずっと断っていました」
長野の病院を退院し、大阪へ戻ってからリハビリが始まるまでの2週間。その期間がいちばんしんどかったと話す。仕事にも行けず、誰とも会話がないまま、自宅でただ過ごす日々。入院中、早く登山を再開したいと思っていた気持ちも、少しずつ遠のいていった。
「登山どころか、事故前の生活に戻れるのかどうかさえ、わからなくなっていました」
■毎日1万歩のリハビリ散歩

12月。ようやく骨がつながり、コルセットが外れた由佳さんは、3か月ぶりに湯船に浸かったという。
「お風呂に入れたのが、ほんとうにうれしくて。そこから自然と、体を動かすようになっていきました。仕事復帰まで毎日1万歩、歩いていました」重たい登山靴をはいて、ひとりで近所の道をあちこち歩いた。公園に咲く花を見つけては、足を止め、癒されたという。
そして、事故から4か月半が過ぎた翌年2月。由佳さんは、ようやく職場に戻ることができた。