異色のグルメ漫画としても有名な人気漫画『ゴールデンカムイ』が来年1月に実写化される。漫画の中に次々と登場するのは、狩猟によって捕獲された野生鳥獣の肉を使った「ジビエ料理」だ。猪や鹿、兎、熊などがその代表的なものになる。この漫画を読んでジビエ料理に興味をもった人もいるのではないだろうか。
近年、実際に自ら捕獲した野生鳥獣を捌き、料理する人たちも増えているという。なぜ、今、ジビエ料理にスポットが当たっているのか。猟師の娘で猪を捌いた経験もある筆者が、背景にある猪や鹿などによる日本の野生鳥獣被害についてレポートする。
■栄養価が高い野生鳥獣肉「ジビエ」
「ジビエ」の語源はフランス語=gibier。その歴史は古く、ジビエ料理はヨーロッパ貴族の伝統料理として高貴な人だけが食べられるものだった。今でもジビエは高級フランス料理でよく使われており、世界中のグルメたちが森への感謝を抱きながら、自然の恵みを堪能している。
また、ジビエは栄養価の高さが特徴の一つ。鹿肉は牛肉よりも高タンパクで鉄分は牛肉の約2倍かつ低脂質で、エネルギーは約半分だ。食感は牛肉に似ており、赤みが強く、味は淡白でパサパサしている。
猪肉は豚肉と味がよく似ている。そもそも猪を家畜化したものが豚であるが、鉄分は豚肉の約4倍、ビタミンB12も3倍あり、鹿肉同様に高い栄養価がある。食感は豚肉と比べて身が固く、こちらも脂身が少ない。
■野生鳥獣による被害防止に一役!
ただ近年、ジビエ料理は食とは別の観点から、その必要性が再認識されている。理由の一つとして挙げられるのが、森林や畑における野生鳥獣による食害や農作物の被害の拡大だ。
農林水産省によると、2022年度の森林の被害面積は年間約5000ヘクタール(東京ドーム約1087個分)、このうち鹿による被害が約7割を占める。鹿の食害を受けた森林は植生が失われ、森林崩壊につながっている。
野生鳥獣による農作物被害額も2022年度は156億円に上り、全体の23%が猪、42%が鹿によるものという。そこで被害拡大防止に一役買いそうなのが、ジビエ料理の普及だ。野生鳥獣肉の需要が高まり、狩猟活動が活発化されれば結果的に被害も減り、一石二鳥と言える。
しかし、その壁になっているのが狩猟免許所持者数の減少だ。1970年に約53万人だった免許所持者数は、2010年には約19万人へと大幅に減っている。さらに60歳以上の高齢者が占める割合が64%(2010年)にも上り、免許所持者の高齢化も進んでいる。若年層の免許取得者をどう増やすかが今後のカギになってくる。
■狩猟から「ジビエ料理」に至る過程
野生鳥獣の狩猟からジビエ料理に至るまでには、捕獲した個体の解体作業も不可欠となる。
11月中旬、岡山県にある筆者の実家に地元の猟師から鹿3頭が運び込まれた。このうちの2頭を捌いたのは私の甥で高校1年生の優斗(仮名)。彼は小学校のころから猟師である祖父の雑用を手伝い、高学年になると、猪や鹿の捌き方も学び始めた。
捌きながら優斗は話す。「はじめはな、お小遣いがほしくて手伝っていたんだけど、じーちゃんは高齢だから俺が手伝うしかないんよ。罠にかかった猪は、ちゃんと食べてやらんといけん。その命を無駄にしたらいけん」。そう言いながら慣れた手つきで鹿の皮を剥ぎ、肉の塊にしていく。
最近は、噂を嗅ぎつけたジビエ好きな人たちが、父に捌き方を教わるためにやってくることも多くなってきた。ジビエを自家消費するだけであれば、捌くための免許や資格は必要ない。
この日、手伝いにきた40代の男性、林和也(仮名)さんもその一人だ。ジビエが好きで時折捌きに来て、捌いた肉は自宅に持ち帰って料理するという。中でも、鹿の唐揚げや、猪のスペアリブは最高だそうだ。
「新鮮な猪や鹿の肉はホンマにうまい。自分のように捌き方を学び、もっと捌ける人が増えればええのになあ」と林さんは話す。
対象となる野生鳥獣を捕獲し、証拠となる尾や写真などを提出すると数万円の報奨金が自治体からもらえるのだが、捕獲しても設備や住宅事情の都合上、捌けない猟師は多いという。私の父親のような存在が、狩猟活動拡大の後押しにつながっていくと信じている。