■街中にひっそりたたずむ茶園を訪問

 埼玉県日高市内にあるという自前の茶園を目指し、私たちの車は進む。広い県道から茶園に向かう道に入る。曲がるたびに道幅が狭くなっていく。車がギリギリ通れる道の終点に茶園はあった。車を降りると、緑の中にウグイスの声だけが聞こえる。私たちの他には誰もいない。車の音すら聞こえない。

 狭山は東京近郊ということもあり、住宅地の中にある茶園も多い。一方、備前屋の茶園は住宅地から離れた人気のない別天地だ。茶園の北側には雑木林があり、太陽に導かれて折れ曲がった枝が、茶園の上に天然の屋根をつくっている。

雑木林が屋根の役目となり、寒気から茶樹を守っている
茶摘み間近かになった茶葉の状態

 狭山は思いのほか、気温が低い。このあたりでも冬場は氷点下5度くらいになる。霜を避けるため、高さ数メートルの「防霜ファン」をかなりの数設置するのが普通だ。しかし、備前屋の茶園は、北側の雑木林が天然の霜除けになっているため、通常よりも少ない数台で済んでいるという。しかも、雑木林の落ち葉が肥料になって土を豊かにしているのではないだろうか。茶園の両側には川が流れており、茶栽培に最適な水はけのよい土地だということもひと目でわかった。

 茶園に到着してしばらくすると、日差しがどんどん強くなり、真夏のような暑さになった。雑木林の屋根の日陰に逃げ込むと、涼やかな空間にウグイスの声が心地よく響いた。時にはキジの声がすることもあるらしい。キツネが出てくることもあるらしい。この茶園は、都内から約50kmとは思えないほどの自然の中にある。

■自然仕立て茶園だからこそ、茶葉に生命が宿る

 備前屋では、茶樹の栽培も自然仕立て茶園にこだわり、「ふくみどり」をはじめ「やぶきた」や「ゆめわかば」「おくむさし」「みなみさやか」など複数の品種を育てている。茶摘みも手作業で行う。

 手摘みは機械摘みと違い、手間もかかるし人手も必要になる。茶摘みシーズンには10数人が朝から総出で作業するのだという。自然仕立て茶園で育てた茶樹は、たくさんの養分を吸った茶葉をつける。自然だからこそ茶葉の高さは不揃いになり、枝を手前に倒しながら丁寧に「一芯三葉摘み」をしていかなければならない。先端の芯芽とその下の3枚の葉だけを摘み取るには熟練の技術が必要だ。ここでは、代表の清水さんの母上から指導を受けたスタッフだけがこの作業にあたっているのだという。

自然仕立て茶園ゆえに茶樹の高さは不揃い

樹は太くたくましく成長している

 茶葉の様子を観察しながら茶園を歩くと、「やぶきた」の葉に際立った特徴を発見した。赤紫色に変色した葉が混じっている。実はこれ、「耐寒色」と呼ばれ、知る人ぞ知る品質の高さの証なのだ。茶葉が葉緑素を減らし、光合成を抑えて水分の消費を減らすことで、冬の乾燥から身を守り、水分を蓄えようとする働きなのだという。

 「ふくみどり」の葉を観察すると、表面に白い毛が目立つ。白毛(はくもう)のある若い茶葉のみを使用した「白茶(はくちゃ)」はとても希少価値のあるお茶だ。萎凋と乾燥工程のみで製造するため、繊細な味わいと茶葉そのもののデリケートな香りを感じることができる。通常の製法で作った茶葉でも、白毛の有無で早い時期に詰まれた茶葉かを見分けられる。淹れたてのお茶にホコリのようなものが浮いていたら、それが白毛だ。