都内からの距離わずか50kmほどの茶所・狭山に、銘茶「ふくみどり」を訪ねた4月の日差しはまぶしかった。自分が惚れ込んだ茶葉生産者の話も聞きたかったし、この目で茶畑も見たかった。茶摘みシーズン目前の忙しい時期にもかかわらず、狭山茶専門店「備前屋」の清水代表とスタッフは快く私たち一行を迎えてくれた。
■「釜炒り茶」を味わいながら
清水さんは話しながら釜炒り茶を振舞ってくれた。私たちが囲むテーブルは、清水さんの先代がお客さまをもてなすためにつくらせたケヤキのテーブルだ。
「釜炒り茶の特徴は熱々のお湯でもおいしく抽出できることです。お湯を冷ます手間がいりません」と清水さんは説明しながら、急須にお湯を注ぐ。1分待って1煎目をいただく。
透明感のある金色のお茶を口に含むとフルーティーな香りが広がる。旨味もしっかり感じられる。ほのかな渋みが後から追いついてくる。驚いたのが、その余韻が口の中にしばらく残っているだけでなく、鼻から香りが抜けていく感覚も続くこと。釜炒り茶は、5〜6煎目まで楽しめるのも特徴だ。
清水さんは2煎目の準備をしながら「旨味の中に感じられる渋みこそがお茶の醍醐味です」と微笑んだ。お茶の話、業界の今後、お茶をすすりながら話がはずむ。
火入れの良し悪しを確認しようとスタッフがやって来た。清水さんはひと口飲んで「OKサイン」を出す。 「1人ですべてをやると間違った感覚になることがある。他の者が火入れをした茶葉を私が確認する、という連携作業がベストだと思う」と清水さんはいう。
備前屋は清水さんで5代目。茶業界は後継者問題が深刻化しているが、狭山では大きな問題にはなっていない。「大阪で会社員をしている息子が跡を継いでくれるでしょう」という清水さんに危機感はなさそうだ。自身もかつては写真関連の会社員で、父の仕事を継ぐために地元に戻るのが当たり前だと思っていたという。
話が弾む中、私は「ふくみどり」を生産している茶園を紹介してほしいと清水さんに頼んだ。茶摘みまでもう少し。茶園では一番茶になろうとしている芽が生命力を高めているところだろう。ましてや久々の晴天。この時期だけの景観が見たい。清水さんは「だったらうちの茶園を見に行きませんか? ここから500mしか離れていませんよ」とおっしゃる。備前屋が契約茶園を抱えていることは知っていたが、自前の茶園があるとは初耳だった。茶葉生産にもこだわりたい思いがあり、お母さまの実家が茶園だったことがきっかけで、自前で茶葉の生産を始めたそうだ。
■老舗専門店の心意気
茶園に向かうその前に、備前屋の商品ラインナップを見て回った。狭山で栽培される茶葉の品種は「ふくみどり」だけでなく、「やぶきた」や「ゆめわかば」など数多い。「さまざまな茶葉の個性を考えながら合組(ごうぐみ)するのが楽しい。ラインナップもどんどん広がる」と、清水さんは備前屋の魅力を語る。
備前屋のラインナップの中で、シックなパッケージデザインでひと際目を引く商品があった。「琥白Platinum」は、萎凋香を最大限に引き出した味わいで「ジャパニーズティー・セレクション・パリ2019-2020」でグランプリを受賞した商品。フランス料理との相性も抜群だという。購入した際に紙袋を断ると、スタッフの方が「茶葉が傷つくといけませんから」と。「最高の茶葉を育て、最高の製法で商品化したものを、最高の状態で飲んでもらいたい」という備前屋の心意気を受け取り、私たちは茶園に向かった。