眼前には大海原が広がり、海岸には緑の深い山が迫っている。温泉が湧き出て海水浴に適した砂浜もあり、地元の漁港からあがった新鮮な海産物が食べられる。そんな、「まさに観光地!」といえるのが和歌山市の加太地区で、ターミナルの和歌山市駅から加太駅を結ぶのが南海加太線(かだせん)である。
近年、南海電鉄は加太線の観光路線化をすすめている。4種類の観光列車「めでたいでんしゃ」を走らせ、「加太さかな線」という愛称もつけた。しかし、それらが奏功しているのかと問われれば、「う~ん」と考え込んでしまいかねないのが現状だ。
加太には観光地としての要素が凝縮している。「人形供養」で有名な淡嶋神社も鎮座しているし、TVアニメ「サマータイムレンダ」の舞台にもなった友ヶ島に渡る連絡船も発着している。ただ、かつての加太を知る世代としては、一抹の寂しさをぬぐえない。
加太は大阪からも近く、電車やバス、自家用車で訪れる観光客でにぎわっていた。ホテルや旅館の数も多く、大人が夜に楽しめる店も多かった。加太駅から観光スポットまでは20分ほど歩くが、それでも道の途中には土産物屋や飲食店が軒を連ねていた。だが、現在の加太は宿泊施設が数軒、飲食店も数えるほどだ。海水浴シーズンや休日には人出があるものの、それ以外の日は閑散としている。
たしかに加太は大阪から近いが、クルマでたどり着くには片側1車線の狭い道を通らなければならない。大型バスにとっては不便だし、観光シーズンは渋滞も起きる。そのうえ阪和高速の延伸で和歌山県南部の観光地が近くなり、観光客は白浜や勝浦へと向かってしまう。列車にしても加太線のダイヤは1時間に2本が基本で、駅を降りてからが遠いのは前述の通りだ。
さらに問題なのは、加太の周辺にこれといった観光名所がないことだ。世界遺産の高野山や熊野からは遠く、レジャー施設であるマリーナシティも距離がある。そのため、周辺の観光地をめぐって加太で泊るという行程は組みにくい。すべてを地域内で済ませてしまうしかなく、居酒屋もスナックもないので夜になればホテル内で過ごすしかない。
とはいえ、団体で押しかけて、夜になれば浴衣で歓楽街へ出かけるという旅行の形は、もはや廃れてしまっている。数人で出かけて、ゆっくりと一つの場所を満喫するというのが、これからの観光の主流だ。
その点、加太では古民家をリノベーションして食事や小物を提供する店が、少ないながらも散見する。いわば大阪の中崎町や空堀の観光地バージョンだ。さらにいえば、加太駅のとなりは関西サーファーが集う磯ノ浦駅。若者だけではなく、若いころにサーフィンを楽しんだ世代や個人旅行のインバウンド客に訴求する魅力は十分に備えている。友ヶ島もコスプレイヤーの間では人気を博しているという。
旧態依然とした形にとらわれず、新しい観光の形を発信する。そんな、これからの加太に期待したい。