■国内外で人気のビルダー

 ここ数年のアウトドアブームにより、一気に人気に火が着いた渓流フィッシング業界の中で、現在注目を集めているランディングネットビルダーがいる。それが大阪府在住、mouwood(ムーウッド)の長浜裕之氏だ。氏の作るランディングネットは、現在注文だけで半年待ちというほどオーダーが殺到し、なかなか手に入れることができない超人気ブランドとしても知られている。

長浜裕之氏。1975年生まれ。渓流フィッシング業界で大きな注目を集めるビルダー

 氏の活躍は国内の渓流フリークだけにとどまらず、海外のルアーフィッシングフリークからも絶大な支持を集めているところからも見て取れる。最近では、その噂を聞きつけたファッション好きの人なら誰もが憧れるイタリアの某テーラードブランド社長からも、オーダーが入ったというから驚きだ。

 昨今ではSNSの普及により、自らが作る作品を世界中の人に紹介できるようになったが、海外の顧客達は長浜氏のInstagramに載っている美しい写真を見て惚れ込み、直接メッセージを送ってオーダーをしてくるらしい。そういう意味では、美しいネットに目を奪われるのは万国共通とも言えるのかもしれない。

落ち葉の黄色、ネットの青、ヒメマスの赤はまるで絵画のよう

■試行錯誤のうえに作られた芸術品

 今回、そんな長浜氏にインタビューを敢行。ランディングネット作りでの苦労や拘りについて、話を伺った。

 「私が渓流フィッシングを始めたのは20歳の頃だったと思います。仲良しの兄がフライフィッシングを始めるというので、一緒について行ったのが始まりですね。とりあえず道具のこともわからずチャレンジしましたが、思いのほか魚が釣れ、そこからのめり込んでいきました。魚を釣り、綺麗な渓魚を眺めることには満足していたのですが、使っていたどこのブランドかわからないネットが格好悪く、どうも魚が映えなくて(笑)」。

 そこで格好良いネットを探したものの、市場にあるものは高くて買えず、また自分の琴線に触れるようなものもなかったことから、34歳のとき、本格的に自分で作るという選択をすることとなる。

 「しかし、いざ作るとなると周りに誰も作れる人がいない。当時インターネットでも詳しい情報は載っておらず、さて困ったなと(苦笑)」。

土日という限られた時間を使って、工房で作業に勤しむ

 そこでまずは使っていたネットを解体することからスタート。どのように作り込まれているのかを分析することからこの冒険は始まったという。しかし、木を滑らかに曲げる技術やどのような銘木を選べば良いのか、網の織り方や染色、何よりオリジナリティをどこで出せば良いのかなど課題は山積み。いきなり出鼻をくじかれることとなった。

 「ひとつひとつ片付けなくてはならないことが多かったのですが、ネットを見たときに一番惹きつけられるのは美しい曲線であると考えていたので、まずは木を上手く曲げることから覚えようと始めました。木を選び、カーブになるよう木を徐々に折り曲げてゆくこの作業を繰り返しましたが、正しいやり方が分からなかったので色々な方法を試してみましたね。でもある程度曲げたところで必ず木が折れるんです。これには本当参りました。実際、通算では数え切れないほど折っていると思います。しかし、そんなことを繰り返しながら、さまざまな曲げ方を研究し、ついに綺麗に曲げる手法を編み出しました」。

 難しいと思われた木を曲げる技術を体得したことで、ランディングネット制作は一気に加速する。

納得のいく綺麗な曲線になるまで、何時間もやすりがけに費やすことも

 「一気に全てをこなすよりも、ひとつひとつ完璧に習得したい性格なので、次は木材選びの目を養うことに集中しました。銘木を使うことでネットは何倍も美しくなると感じていたので、そこは自分の感性を信じて、美しい銘木を扱うショップを探しまくりました。その一方で、それぞれの銘木の特徴についても勉強しましたね。やはり木によって、硬い、柔らかい、光沢が出やすい、出にくいなどそれぞれ特徴があるため、それぞれに応じた作り方をしなくてはなりませんからね」

 こうした経験を積むことにより、木について学び、数々の美しい銘木があるお店を発見した長浜氏は、最後の難関に取り掛かる。それがmouwood一番のウリである別々の木材が何蔵にも渡って重なり合った美しい持ち手の断面だ。

何層にも渡って重ねられた木々と紅白青が入った花梨瘤が眩しい芸術的なネット

 「色の違う木を重ね合わせることによって、1種類の木でネットを作るより何倍も美しく映えるんです。それにネットを作ったことない人たちにこの部分をじっくり見てもらい、楽しさを感じ、所有欲を満たして欲しいんですよね」

 しかし、薄いフレーム材を重ね合わすという作業は困難を極め、綺麗に1枚の木に見えるようになるまでは、かなりのトライ&エラーを繰り返したとのこと。その詳細は、企業秘密ということで教えてもらえなかったが、ここをクリアしたことで8割型理想の形となったという。

 また、網の織り方や染色に関しては、ネットを解体しても流石にわからなかったため、悔しいがネットを通じて勉強したとそうだ。元来器用だった長浜氏は織ることも染色もすぐにマスターし、今ではオリジナルカラーの相談に乗れるほどの実力を身につけたという。

1mmのズレも生じないよう計測は欠かせない

 こうした分析や失敗を毎日のように積み重ねた結果、人に使ってもらえるレベルのものができたのは、作り始めてから1 年後のこと。

 「今思えば、レベルは低いかもしれませんが、すぐに人に見せたくて、一緒に釣りを楽しんでいた友人に早速譲りました。正直反応は期待していなかったんですが、市販品よりも何倍も綺麗にできていて、まるで芸術作品だなと褒められました。そんな答えは予想もしていなかったので、実はこのとき体が震えるほどの嬉しさを覚えましたね」

 自分が心血注いで作ったランディングネットを見て喜んでもらっている、そしてそれがその人にとって忘れない思い出の1匹をより美しく演出してくれる一部となる…そのとき、そうしたお手伝いをこれからもしていきたいと心から思ったため、これを機にランディングネット製作を本格的に始めることを誓ったそうだ。