■春山淡冶にして笑うが如く

4月初旬、まさに山が笑うように色めく猪群山

 猪群山を知ったのは、ずいぶん昔のことだ。九州には環状列石(環状に配置された石で、なんらかの祭祀が行われたと思われる古代遺跡。ストーンサークルとも呼ばれる)のある山がいくつかあり、その中でも松本清張が調査のために登ったのが、この猪群山だ。考古学や民俗学の視点が織り交ぜられた作品を世に出している作家だから、ぼくは俄然興味をもった。なぜ猪群山に目を付けたのか、これは現地に行かなければと、長らく思っていたのだった。

 猪群山という山名は、猪が群れるほどたくさんいることから付いた名前らしい。それが本当なら、ちょっと危ないではないか。しかしながら、興味が優ってしまったのだから仕方がない。奇しくも亥年の春のことで、これぞ干支ハイクだと気分を高める。

 登山口に向かう道中で、芽吹いた樹々の緑に混じる咲き始めの淡い山桜が目に飛び込んできた。まさしく“山笑う”風景とは、このことだろう。この山笑うという表現は、中国宋代の画家による「春山淡冶にして笑うが如く」という言葉からきたものだ。バリバリの春真っ盛りという強い主張ではなく、薄っすらと色めく淡い主張こそ“山笑う”に相応しいと、僕はとらえている。目の前にある猪群山は、まさしくそんな薄ら眩しい姿をしていた。

■これはストーンサークルか、あるいは別のなにかか

門のように立つ陰陽石の奥は神域となる。ストーンサークルはぜひ自分の目で見て欲しい

 ストーンサークルは、単調な急登が続いた先の“肩”のような広場にある。陰陽石と呼ばれる一対の巨石が鳥居のような役割をしていて、その先が神域となるのだ。大きな楕円形に配されたような石が点在しているものの、誰もが環状列石だと思える明確さはない。豊後高田市観光協会が設置した案内板によれば、卑弥呼の墓だとする説があったり、地元の人は修験や密教の修行の場だったのではないかと話していたりと、諸説ありなところが興味深い。歴史好きとしては、ますます気分が高まる。

 見逃せないのは、その中心に神体石として祀られる巨大な陽石だ。これは生命の象徴だろう。特異な存在感を放ってそそり立っている。見る価値ありだ。

男性の象徴を思わせる「陽石」の神体石。自然か人為か、はたまた神の仕業か

 突きあげるように聳え立つ神体石の前で人々は祈り、なにかを予測したり願ったりするような祭祀が執り行われていたことを想像する。日当たりは抜群だから、これらの列石にできる影で時間や季節の移ろいを確認することはできそうだ。雲の流れ、海の様子、天体の動きもよくわかる。するとやはり、ここは太陽信仰の場か、あるいは雨乞いの場か、それとも別のなにかか……。

ストーンサークルの広場は、国東半島をぐるりと眺められる展望地でもある

 展望は素晴らしい。国東半島の低い山々が果てしなくうねり、その向こうにわずかながら黄砂に霞む由布岳があった。この霞みさえとれれば、もしかしたら九重や阿蘇といった九州を代表する火山群が見えるのかもしれない。古代の人々が、絶え間なく噴火する大地のパワーに畏怖し、やや離れた場所から荒ぶる神を鎮めようと祈ったのだとすれば、ここは距離的にちょうどよさそうではあった。

<後編に続く>