今、焚き火のことを聞くならばこの人。「焚き火マイスター」こと、猪野正哉さんだろう。

 焚き火で飯を食っていくという唯一無二の立ち位置を築き上げた彼が、現在の生き方に辿り着くまでの紆余曲折を教えてもらった前編に続き、後編では焚き火の魅力や昨年出版した著書『焚き火の本』について詳しく伺った。

Profile:猪野正哉 焚き火マイスター。日本焚き火協会会長。アウトドアプランナー。ライターやモデルとしても活動する傍ら、フジTV『石橋、薪を焚べる』の焚き火監修や、BS日テレ『極上!三ツ星キャンプ』の三ツ星ファミリーの一員でもある。著書に『焚き火の本』(山と溪谷社刊)がある。@takibinohon

■焚き火は心を解き放つためのアイテム

焚き火の熱はゆっくり心を解きほぐし、人を饒舌にさせる力がある

—猪野さんが考える焚き火の魅力とはなんでしょう。

 火を見つめているだけで素の自分になれる、心を解き放ってくれるアイテムだってことですね。仲間と火を囲んでお酒を飲みながら話をしていると、不思議と隠し事ができない。

—モデルをしていた当時の仲間も焚き火をしに来ます?

 来ますよ。僕の人生がしんどかった時期には、さーっと引いていった人たちも多かったけれど、その頃も付き合ってくれた仲間たちは今もよくうちに来て一緒に火を囲みます。東京にいた頃の僕のイメージしかない人からは、「猪野君ってあんなに爽やかだったっけ?」なんて言われているみたいです。

—それは何よりの褒め言葉ですね。アウトドアを始めて、猪野さんが変わったことを何よりわかるのは、当時を知る人たちかもしれません。

 変わったというより、元に戻った感じでしょうか。昔は東京に憧れ、随分背伸びをしていたけれど、今は等身大の自分でいられるんです。

■視覚でも焚き火の良さが感じられるハウツー本

写真左が焚き火に必要なミニマムなセット。刃物は凝り始めると選択肢が多いジャンルだ

―昨年出版した『焚き火の本』について教えてください。

 写真集のように見るだけでも楽しめる、焚き火のハウツー本です。文字だけで知識を詰め込むというより、視覚でも焚き火の良さが感じられると思います。

―本を通じて伝えたかったことはなんですか

 失敗しても良いから、まずはチャレンジすること。火を囲んでバカ話をする楽しさを知ってほしい。焚き火は非日常なことではなく日常の延長にあるものと考えているので、もっと気軽にかしこまらないで手を出して欲しいです。

薪割りも得意。本では簡単で安全に割れる方法を解説している

―収録されているノウハウの中でも、特にここを見てほしいというコンテンツはありますか。

 「上級者感を醸し出す仕草」、「焚き火向きな服選び」、「薪の組み方」、「焚き火の未来」。このあたりは、ぜひご覧ください。

―コロナ禍以降、キャンプや焚き火が流行っていることに対して思うところはありますか?

 天邪鬼なので流行ってしまって、ちょっと残念(笑)。始める方が増えると、いろいろとやらかしてしまうこともあるでしょうが、ベテランはすぐに文句を言わずドンっと構えて優しく教えてあげてほしい。誰もが初心者を経験して成長するんですから。

■アウトドアを特別なことと捉えない

自分がビギナーだった頃の気持ちを忘れず、わかりやすく解説してくれるのが猪野さんの特徴のひとつ

—今後、ご自身の活動を通して伝えていきたいことってありますか。

 外で遊ぶことで季節や植物を身近に感じられます。自然のサイクルを知ることができます。焚き火をすることで、火の怖さ、優しさもわかります。そういったことを、多くの人に伝えられるといいですね。

—焚き火やキャンプを経験したことがない人にとっては、なかなか始めるきっかけがないかもしれません。

 確かに、焚き火をしよう、山登りに行こうと言うと、少しハードルが上がってしまうかもしれませんね。普段の生活や遊びの延長として、アウトドアを捉えてみてはどうでしょう。僕の父親の周りにいる人たちは、生活や遊びに必要な技術としてアウトドアスキルが身についている人が多い。当たり前のことが当たり前にできる。あえて勉強しなくても、必要だから身についているんですよ。僕も肩肘張らずに、遊びながら知識やスキルを上げていきたいし、広めていきたいです。 

焚き火で沸かしたお湯で淹れるコーヒーは、なぜか格別な味がする

―最後になりますが、新たにキャンプや焚き火を始めた方に知っておいて欲しいことがあれば教えてください。

 キャンプや焚き火は、決して敷居の高い遊びではありません。誰でも跨いでしまえば、「なんだ簡単じゃん」と感じてもらえると思います。僕も焚き火が得意なオジサンとして先生風を吹かせず、簡単なことはシンプルに、難しいことは簡単に伝えていくことを心がけます。


「焚き火の本」

¥1800(税抜)

山と溪谷社刊

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