今日、山岳エリアの観光パンフレットや、ホームページなどで、「△△山は、◎◎百名山に選ばれた名峰」……といったフレーズを目にすることが多い。ここ10数年で一気に増えてきた印象だ。この現象に対して、「で、その◎◎百名山とはなんなのか?」という疑問を抱く方も多いのでは? そこで、百名山増殖現象について斬り込みたい。

 「百名山」のルーツは、随筆家で登山家でもあった深田久弥が、1964年に発行した『日本百名山』である。これは、品格、歴史、個性など自身が定めた基準により日本各地の山(1500m以上)の中から100座を選び、それにまつわる随筆をまとめたものだ。

 それ以前にも、山岳雑誌などで名山を選ぶ企画があるにはあったが、「百名山」という概念を広めたのは同書だ。深田久弥は、幼少時より50年の間に、実に数多くの山を踏破した実績があり、その経験に基づいた選出だった。

書籍『日本百名山』深田久弥(新潮社)第16回読売文学賞(評論・伝記賞)を受賞した作品だ。百名山ブームを巻き起こすことになる

■名山が日本山岳会により3倍増する

 『日本百名山』が高い評価を得て、登山者の入門書としてロングセラー化したことから、この「百名山」ブランドがひとり歩きすることになった。また、日本山岳会の一部メンバーにより、「日本三百名山」(深田選出の100座に新規の200座を足して300座)が選ばれ、84年には久田のファン組織が別途で「日本二百名山」を選んだ。この2つは多くが重複している。また、80年には脚本家の田中澄江が「花の百名山」を選出し、一定の支持を集めた。その後、80年代のうちに散発的に、ローカルな百名山が登場してくる。

後立山連峰に位置する白馬岳。長野県と富山県にまたがっている

■各地に「百名山」があるなか、大阪は50山と控えめに申告

 雨後の竹の子の如く、全国で百名山だらけになるのは、中高年の登山がブーム……というより、定番レジャーとなった90年代以降。21世紀になると、この現象にますます拍車がかかり、北海道から九州までさまざまなローカル百名山が誕生している。ちなみに選出しているのは主に、地元自治体、新聞社、出版社、山岳連盟などだ。

 ここで第二の疑問が浮上してくる。「日本百名山」が全国大会だとしたら、ローカル百名山は地区大会。なかには無理やりな選出もあるのではないか? これについては、明確な答えは出しづらい。ただ、実際に百名山を選出しているのは連峰を有した山岳地帯がある都道府県ばかり。そのため、余裕で100以上の山をカウントできることだけは事実だ。一方、大阪は、そこまでのレベルではないので、「大阪50山」と控えめだし、今のところ「東京百名山」を選出する組織などはない。

●こんなにある「百名山」一覧

【全国規模のもの】
日本百名山
日本三百名山
日本二百名山
新日本百名山

【テーマが設定されたもの】
花の百名山
日本百低山
新・花の百名山
一等三角点百名山

【ローカル規模のもの】
北海道百名山
あおもり110山
やまがた百名山
東北百名山
会津百名山
うつくしま百名山
甲信越百名山
越後百山
栃木百名山
ぐんま百名山
関東百名山
信州百山
信州ふるさと120山
山梨百名山
東海の百山
静岡の百山
ぎふ百山
飛騨百山
富山の百山
関西百名山
大阪50山
ふるさと兵庫50山
奈良百遊山
中国百名山
ひろしま百山
四国百名山
九州百名山
大分百山

富山県にある立山室堂の美しい眺望は多くの登山者を引きつける