■日没直後から始まる6万羽の大スペクタクル

夕日が大きく傾いても、ヨシ原に何も変化はありません

 奈良市は、奈良盆地の中にあるため内陸性気候を示し、日中は厳しい暑さとの戦いです。しかし、日没が近くなると、若干涼しさも感じるようになります。

 この日の日没は19時頃。ツバメがねぐらに帰ってくる「ねぐら入り」を観察するために、18時前から観察ポイントで待機をします。すると、徐々に観察をする人たちが集まってきました。地元の団体が主催する観察会も複数開催されているようで、あれよあれよという間にヨシ原の前はギャラリーで埋め尽くされました。

突然始まるツバメのねぐら入りは、多くのギャラリーを魅了します
まだ青みが残る頭上を見上げると、無数のツバメが上空を旋回していました
夕焼けとツバメが織りなすファンタスティックな光景に圧倒されます

 日が沈み、空がオレンジ色と藍色のコントラストで包まれる頃。ツバメが次々と集まってきました。そして、無数のツバメたちが空をキャンバスにした巨大なアートを描いていきます。その数なんと6万羽! 今まで見たことのないような風景が目の前に広がります。460人もの観察者からは、ツバメの大群が低く高く飛ぶ姿に感嘆の声が漏れます。

 上空を見上げると、ツバメが高く舞い上がり黒い粒になってひろがっています。まるで「満天の黒い星」。間もなくバードウォッチング歴50年になる私も初めて見る光景に息を飲みます。

ねぐらとなるヨシにつかまって体を休めるツバメたち(撮影地:神奈川県横浜市)

 そんな“ツバメ劇場”もわずか15分ほどで終焉を迎えます。空を飛んでいたツバメたちが次々とねぐらとなるヨシ原の中に飛び込んでいくからです。このヨシ原は、関係者の方々に努力によってきちんと管理・保全されているとのこと。他のねぐらが開発によって次々と失われる中、奈良盆地の唯一のねぐらとなった平城宮跡は、ツバメが安心して眠れる全国最大級の寝床となっているのです。

 ツバメたちが眠りについたことを確認すると、観察をしていた方々も、「今年もまた見ることができて良かったね」「今日のツバメは、夏休み最大のイベントになったね」などと口々に話しながら家路に向かっていきました。

■夜明け前にねぐらを一斉に飛び立つツバメたち

まだ薄暗い空の中、一斉にねぐらから飛び出していきます
明るくなってきた大極殿の上空を、餌を求めて散っていきます

 翌朝、夜明け前の4時過ぎ。筆者は、眠い目をこすりながら再びヨシ原の前にやってきました。昨夜ヨシ原で体を休めたツバメたちが、ねぐらを出発する「ねぐら立ち」を見るためです。この様子を見に来る人たちも10人ほど。昨夜見かけた方々もちらほらしています。

 最初は静寂だったヨシ原に、ツバメのおしゃべりが聞こえてくるようになりました。すると日の出30分前となる4時半ころ。一気にツバメが飛び出しました。ねぐら入りとは違い、上空を舞うことはせず、各々が目指す方向へと一直線に向かっていきます。大極殿の上空高く飛んでいく一群もいました。おなかをすかせたツバメたちが朝食会場へと急いでいくのでしょう。

 すべてのツバメのねぐら立ちを見送ると、祭りが終わった寂しさのような複雑な思いを胸に、私も古都・奈良を後にしました。

 ツバメのねぐら入りは、8月中~下旬ころまでがピーク。その後、9月上旬までは1万羽を超える数を維持しますが、南の国に向かう個体が増えるにつれ、徐々にその規模も小さくなっていくようです。この夏の思い出をつくりに、暑い奈良に熱いシーンを見に行ってみませんか。