ゴールデンウィークの利根川水系。新緑が広がる川辺では、一見すると穏やかに見える浅瀬のあちこちで、大きな水飛沫が上がっていた。水中で激しく体を震わせていたのは、春から初夏にかけて産卵期を迎えるコイ科魚類たちである。ニゴイ、マルタウグイ、コイ、そしてフナ……。水温の上昇や雨による増水をきっかけに、彼らは産卵のために川の浅場や田んぼへと集まり、短い期間だけ活発な行動を見せる。
今回筆者は、栃木県南部を流れる利根川支流の一級河川と、その支流につながる農業用水路や田んぼを訪れ、魚たちの産卵行動を観察した。オス同士が激しく争うニゴイ、群れで水面を炸裂させるマルタウグイ、大雨で水没した田んぼにやってくるコイやフナたち。そこでは、人知れず「命をつなぐため」の営みが繰り広げられていた。
■春から初夏、水辺で魚たちの産卵が始まる理由
今回取り上げる、ニゴイやマルタウグイ、コイ、フナといったコイ科魚類たちの多くは、春から初夏にかけて産卵期を迎える。関東地方では、おおむね3月から6月頃がピークとされており、この時期になると普段は深場や流れの緩やかな場所で暮らしている魚たちが、浅場へ集まり活発に動き始める。
その大きなきっかけとなるのが、「水温の上昇」と「雨による増水」だ。冬の冷たい水が春の日差しによって徐々に温められると、魚たちの活動は次第に活発化していく。さらに雨によって川が増水すると、それまで近づけなかった浅場や岸際、田んぼなどへ移動できるようになり、産卵行動のスイッチが入るのである。
実際に今回筆者が観察した魚も、流れのある浅瀬や、小石が広がる川底、水が入り込んだ田んぼなど、それぞれ条件の整った場所に集まって産卵を行っていた。春から初夏の水辺では、魚ごとに異なる“命のつなぎ方”を見ることができるのである。
■利根川支流の浅瀬で始まった産卵行動
●産卵床を守るニゴイたちの激しい攻防
4月下旬に筆者が向かったのは、栃木県南部を流れる利根川支流の一級河川の浅瀬だった。水深40cmほどの場所には、川底を保護するための根固(ねがため)ブロック(川底の石や土砂が流されるのを防ぐためのコンクリートブロック)が広い範囲に敷き詰められており、その隙間には小石や砂礫(されき)が堆積している。そこで最初に確認できたのが、体長50cmは優にあるニゴイのペアの産卵行動だった。
ニゴイのいる場所をよく見ると、川底の一部だけが周囲よりも白くきれいになっている。どうやら産卵前に小石の表面についた泥などを払い落とし、卵を産み付けやすい環境を整えているようだ。その産卵床の周りをオスとメスのペアが寄り添うようにゆっくりと泳いでいた。
しばらく観察していると、そのペアが突然激しく動き始めた。まずオスがメスの周囲で体を小刻みに震わせながら泳ぎ回り、産卵を促すような動きを見せる。そして産卵の準備が整ったのか、メスが砂礫底へ腹を押し当てるようにして体を震わせた。すると直後、オスがメスに寄り添い、同じように体を震わせながら放精を行ったのである。
しかし、その産卵行動は平穏には終わらなかった。突然、別の大型ニゴイがペアへ突進してきたのである。おそらくペアになれなかったオスなのだろう。他のペアの産卵へ割り込み、自らの子孫を残そうという作戦に見えた。するとペアのオスは激しく応戦。大きな水飛沫を上げながら乱入者を追い回し、必死に産卵場から追い払おうとしていた。
さらに驚かされたのは、その現場にコイまで現れたことだ。ニゴイが産み落とした卵を食べるために産卵場へ近づいてきたのである。もちろんニゴイたちも黙っておらず、コイが近づくたびに体当たりするように追い払っていた。浅瀬で繰り広げられていたのは、ただの産卵ではない。命を残すための激しい攻防そのものだった。