●田んぼのあちこちで上がる大きな水飛沫
翌朝、その田んぼを覗いてみると、数か所で大きな水飛沫が上がっていた。よく見ると、水深の浅い田んぼの中で、複数の大型魚たちが水面から背中を出して集まっている。魚たちの正体は、コイやフナたちだった。
メスと思われる大型個体の周囲を、複数のオスが取り囲むように泳ぎ回る。そしてメスが体を震わせ卵を産む動作を見せると、それに合わせて周囲の魚たちも一斉に暴れ、水面はバシャバシャと激しく波立った。産卵と放精が一瞬のうちに行われているのだろう。田んぼのあちこちで同じような水飛沫が上がっており、水辺全体が騒然としていた。
筆者は十数年ぶりに、田んぼで魚たちが産卵する光景を目の当たりにした。しかも、田んぼのすぐ近くには大型商業施設があり、多くの人々が行き交っている。そんな賑やかな日常のすぐ隣で、魚たちの命をつなぐ営みが繰り広げられていることを知る人は、おそらくほとんどいないだろう。筆者はその光景を前に、普段は気づかれない自然の営みに立ち会えたことへの喜びを感じていた。
●投網を持った元漁師の登場
しかし、この日の驚きはそれだけでは終わらなかった。魚たちの様子を観察していると、一台の軽トラックが近くへやってきたのである。車から降りてきたのは、高齢の男性。そしてその手には、大きな投網(とあみ)が握られていた(※投網漁を楽しむためには多くの水系で遊漁券が必要である)。
男性は田んぼの端に集まっていた魚の群れを見つけると、静かに近づき、タイミングを見計らって勢いよく投網を放った。大きく円を描くように広がった網の中には、体長50〜70cmほどの立派なコイたちが何匹も入っていた。
話を聞くと、その男性は近所に住む元川魚漁師だという。昨夜の大雨で魚たちが田んぼへ上がることを見越してやってきたらしい。「田植えが始まってしまうとイネを傷めるから、投網漁はできないんだ」と男性は話してくれた。この時期限定の楽しみのようである。
●命をつなぐための、わずかな時間
この日は朝から快晴で、増水した水路の水も少しずつ引き始めていた。今はまだ田んぼと水路がつながっている。しかし、このまま水位が下がれば、やがて田んぼは再び畔によって分断される。そして田んぼの水も時間とともに失われていくだろう。
今回、魚たちは大雨によって生まれたわずかな好機を逃すまいと、一斉に田んぼへ入り込んでいた。しかし、そのタイミングは田植え前。もしこの後、水が干上がってしまえば、産み落とされた卵たちが生き延びることは難しいのかもしれない。
命をつなぐための産卵行動でありながら、その先には厳しい現実が待っている。大雨の翌日に現れた一時的な水辺では、そんな自然の営みが静かに繰り広げられていたのである。
■身近な水辺で繰り広げられている「命の営み」
今回観察した魚たちの産卵行動は、決して人里離れた特別な場所で行われていたわけではない。都市部を流れる河川の浅瀬や、田園地帯を流れる小水路、商業施設のそばにある田んぼなど、いずれも私たちの暮らしのすぐ近くにある水辺だった。
しかし普段、私たちはそうした場所で魚たちがどのように生き、どのように次の世代へ命をつないでいるのかを意識することは少ない。だが春から初夏にかけての短い期間、水辺では驚くほど激しい変化が起きている。浅瀬で激しく争うニゴイ、群れで水面を炸裂させるマルタウグイ、大雨によって田んぼへ入り込み一斉に産卵を始めるコイやフナたち――。そこには、生き物たちが子孫を残そうとする力強い営みが確かに存在していた。
これから梅雨にかけて、水辺では同じような光景が各地で見られるはずだ。もし川辺や田んぼ脇を通りかかった際、水面が不自然にざわついていたら、少しだけ足を止めて観察してみてほしい。その水の下では、人知れず“命をつなぐため”のドラマが繰り広げられているかもしれない。