●水面を炸裂させるマルタウグイの集団産卵

水面から上半身を出し、水飛沫を上げながら産卵するマルタウグイ。体長は50~60cm近くあり、体側にはオレンジ色の婚姻色が見られる

 一方、同じ河川の別の場所では、マルタウグイの産卵行動も観察することができた。マルタウグイは普段、河口近くの汽水域や海の沿岸部に生息している魚だが、春になると産卵のため河川を遡上する。今回観察した個体群がどこからやってきたのかは分からない。しかし、利根川河口付近から遡上してきたと仮定すると、150km近い距離を遡ってきたことになる。

 マルタウグイが集まっていたのは、流れの速い浅瀬が深場へ落ち込む「瀬尻(せじり)」と呼ばれる場所だった。川底にはきれいな小石が広がっており、産卵場として条件の良い場所なのだろう。

 産卵が始まると、浅瀬の水面は一変した。産卵の準備が整ったメスと思われる個体が体を震わせると、周囲に待機していた複数のオスたちが一斉に集まり、水しぶきを上げながら放精を始めたのである。時には魚体が半ば水面から飛び出すほど激しく、水面はバシャバシャと波立っていた。

体長50cmを優に超えるマルタウグイの群れが、水飛沫を上げながら産卵行動を繰り返す

 しかも、その場にはマルタウグイだけではなく、コイやニゴイの姿もあった。彼らは川底の小石を吸い込んでは吐き出す動作を繰り返している。おそらく、マルタウグイが産み付けた卵を食べているのだろう。

マルタウグイの群れの後方に潜む大型のコイ。マルタウグイが産み落とした卵を狙っているのだ
マルタウグイの群れに大型のニゴイが紛れ込んでいた。このニゴイも卵を食べようとしているのだ

 次の世代を残そうとする魚たちと、その卵を食べて生きる魚たち。春の浅瀬では、そんな生き物たちの厳しい現実が同時に繰り広げられていた。

■増水によって田んぼへ入り込んだ魚たち

前日に降った大雨による増水で、水路(写真中央)の水があふれ、田んぼへ流れ込んでいた

●大雨の翌日、田んぼで始まったコイやフナたちの産卵

 5月初旬、筆者は再び水辺へ向かった。前日の夜、関東地方では発達した雨雲の影響で激しい雨と雷雨に見舞われ、筆者が住む地域でも道路が冠水するほどの大雨となっていた。今回向かったのは、利根川支流の小規模河川につながる農業用水路と、その周囲に広がる田んぼである。

 なお、大雨後の河川や水路は増水によって足場が不安定になっている場合も多く、観察の際は安全を最優先に行動したい。

 春から初夏に産卵を行うコイ科魚類にとって、雨による増水は大きな意味を持つ。増水によって、それまで分断されていた川や水路と田んぼが一時的につながり、魚たちは新たな産卵場所へ進入できるようになるからだ。

 特に田んぼは、水深が浅く日当たりも良いため、川や水路よりも水温が上がりやすい。コイやフナの卵がふ化するためには、ある程度高い水温が必要とされており、温まりやすい田んぼの環境は産卵場所として好都合である。さらに、温かい水の中では、ふ化した赤ちゃんのエサとなるプランクトンも豊富に発生する。また、川や水路に比べて卵を食べる大型魚などの外敵も少ない。このためコイやフナたちは、昔から田んぼを重要な産卵場として利用してきた。

 しかし近年は、水害対策などの影響で水路と田んぼの物理的な落差が大きくなり、多少増水した程度では魚たちが田んぼへ入り込めない場所がほとんどである。そんななか、今回の大雨はその状況を一変させた。増水した水路の水は畔(あぜ)を越えて田んぼへ流れ込み、一面が水浸しになっていたのである。