■山小屋文化を伝える
涸沢小屋の最大の魅力は、その立地にある。小屋の前のテラスからは涸沢カールや穂高の山々を見渡せ、春から秋にかけて季節ごとのさまざまな景観を望むことができる。小屋を拠点に奥穂高岳や北穂高岳のピークハントや稜線の縦走を目指したり、技術と経験があれば残雪のスキーや滝谷の岩場でのクライミングも楽しめる。そうした多様な楽しみ方ができるからこそ、涸沢は今も昔も多くの登山者を惹きつけるのだろう。
涸沢小屋の魅力は?
芝田「やはり涸沢という場所にあること、つまり『立地』が涸沢小屋の一番の魅力だと思います。涸沢の特徴は春から秋までそれぞれ違う表情があり、いろんな山の楽しみ方ができることです」
「初心者の方は山小屋を起点に奥穂高岳や北穂高岳のピークハントを目指す。慣れてきたら、頂上稜線の縦走もできます。クライマーは前穂北尾根や滝谷の岩場などでクライミングができますし、春から初夏にかけてはカールの斜面で残雪のスキーも楽しめます。誰もが自分のレベルや志向に合わせて、山を満喫できる。これだけいろんな楽しみが凝縮されている場所は、ほかにないのではないでしょうか」


魅力的である一方で、穂高の山々は険しい場所でもありますよね。
芝田「おっしゃる通りです。上高地から涸沢まではそれなりに距離があって時間はかかりますが、歩きやすいルートで、特に危険だったり、通過が困難だったりする箇所はありません。しかし、涸沢から上は険しい岩場が続き、傾斜も急になります。そのため、安全に登って下りてくるために、まずは装備をきちんと確認することが不可欠です。また、自分の体力や技術、予定しているコースタイム、天候なども再確認してほしいですね。もしわからないこと、不安なことがあれば、山小屋のスタッフに遠慮なく相談してほしいと思っています」
「穂高はすばらしい山々ですが、急峻な岩稜帯は危険を伴うのも事実です。そんな穂高へと至るルートの中間地点に位置する山小屋として、登山者に注意をうながし、サポートすることも大事な役割だと考えています」
これからの課題は?
芝田「これから取り組んでいきたいこととしては、直近のものと、長期的なものがあります。直近では、山小屋文化の発信をきちっとしていきたいと考えています。山小屋って法律的には山の中にある宿泊所という位置づけですが、実際には泊まる場所を登山者に提供するだけではなく、登山道整備をしたり、遭難者を救助したり、食事やイベントなどを通じて山の楽しみを提供したりと、さまざまな役割を担ってきました。それらは山小屋の仕事の一環ではあるのですが、山小屋が長い歴史を通じて受け継いできた文化として捉えることもできるんじゃないかと思うんです。登山者のみなさんには、そうした山小屋文化があることをぜひ知っていただきたいですね」
長期的なものは?
芝田「長期的な取り組みとしては、そうした山小屋文化を守り、しっかりと次の世代に引き継いでいくことです。登山道整備や遭難救助の技術、加えてそれらに責任を持って取り組み、自分たちが山を守るんだという気持ちは、山小屋の小屋番たちが代々受け継いできたものです。そうした小屋番の技術や精神をしっかりと伝え残していかないと、山小屋も続いていかないと思うんです」
「私が涸沢小屋に入ったのは40歳を過ぎてからで、そのころの涸沢小屋の先輩小屋番をはじめ、涸沢ヒュッテや穂高岳山荘など周辺の山小屋の先輩方に共通していたのは、とにかく岩や石が好きということで」
岩や石が好き!?(笑)
芝田「そうなんです。みなさん、手ごろな岩や石を見つけると、目の色が変わるんですよ。それはきっと、長年身のまわりの岩や石を使って、登山者が安全に歩けるような道を作ってきたり、風や雪から山小屋を守る石垣を作ってきたため、つまり険しい岩山がそびえる穂高・涸沢の小屋番だからだと思うんです。穂高や涸沢の道直しは、穂高や涸沢の小屋番にしかできないんじゃないでしょうか。麓の業者さんではできないと思います」
「山に精通したベテランの小屋番はまだ残ってはいますが、みなさん年々、年を重ねています。これからも山を守り、登山者を守っていくためにも、若い人たちに山小屋の文化、小屋番の文化を伝えていきたいですね。そして、それを受け取った若い世代が、さらに発展させていってくれたらと思っています」

山小屋への想いを語ってくれた芝田さん