■現場の人間だからこそ伝えられることを
通年営業をしており、ロープウェイを使えば短時間でアクセスできるため、西穂山荘には四季を通じて多くの登山者や観光客が訪れる。北アルプスの稜線上の自然や風景と出会う場所として、西穂山荘ほどの好立地、好条件の山小屋はほかにないといっていいだろう。だが一方で、その手軽さゆえに準備不足の登山者も少なからずいるという。山小屋として登山者に何を伝えていくべきか。現在行っている取り組みや今後の展望について教えてもらった。
山荘を利用する登山者に「こんなところを楽しんでほしい」と思うことは?
村上「同じ場所でも夏の景色と冬の景色ではまったく違うので、登山者のみなさんにはそうした季節ごとの風景や自然の変化も楽しんでほしいですね。特に冬のアルプスの自然や景観を味わってほしいという思いは強く持っています」
「ただ、冬の山は雪で覆われ、気温も低く、ほかの季節に比べると環境的には格段に厳しくなります。ロープウェイがあるとはいっても、ロープウェイ終点の西穂高口駅から山荘まで1時間以上は歩かなければならないし、降雪直後はトレースもなくなります。みなさんに安心して登ってもらえるよう、ルート上に旗竿やリボン(赤テープ)をしっかりとつけることは毎年徹底しています」

冬に山小屋を営業するのは、夏とは違ったご苦労があるのでは?
村上「冬ならではの仕事に除雪があります。風の強い稜線上とはいえ、数メートルは積もるので、小屋への出入りがスムーズにできるように小屋のまわりに積もった雪を定期的に除雪しなければなりません。また、冬は水場が使えないので、水の確保も大変です。営業に必要な水は、雪が積もる前にタンクに貯めておいたものを使っています。ただ、それだけだと足りなくなることもあるので、雪を溶かした水で皿を洗ったりすることもあります」
西穂山荘では支配人の粟澤さんが「山のお天気教室」を開催したりしています。なぜこうした取り組みを?
村上「常に現場にいる者として、四季折々の山の魅力や楽しみ方だけではなくて、安全登山につながる知識なども伝えていきたいと思っているんです。支配人の粟澤は、2010(平成22)年に気象予報士の資格を取得して以来、夕食のときに宿泊者の方たちに翌日の天気の案内や注意すべきポイントを解説したり、SNSで現地からのリアルな気象情報を発信しています。また、夏のイベントとして、全国各地の会場で『やさしい山のお天気教室』を開催し、これまで延べ1800人以上の方に受講していただいています」


冬に雪山講習会を実施しているのも同じ理由からですか?
村上「そうです。雪のある時期に登ってくる登山者の中には、『ピッケルやアイゼンは持ってきたけれど、正しい使い方がわからない』という人もいて。それでここ数年、山荘をベースに、ピッケルやアバランチギアの使い方を学ぶ実技講習と、冬山の気象・雪崩・リスク回避などについて机上で学ぶ座学講習をセットにした雪山講習会を、山岳ガイドや民間の救助隊員の方たちに協力してもらいながら定期的に開催しているんです」
西穂山荘は、登山者が宿泊・休憩する場所としてだけではなく、登山について「学ぶ場」にもなっているんですね。
村上「1年を通じて山を楽しんでいただくには、安全に登るための技術や知識が不可欠です。そうしたことも現場の人間だからこそ伝えられることのひとつだと思うので、継続して行っていきたいですね」
今後ほかに取り組んでいきたいことはありますか?
村上「近年は海外からのお客さんも増えています。正確に調べたわけではないのですが、彼らのほとんどは登山目的ではなく、観光の延長で『ロープウェイがあるから、ちょっと行ってみるか』と登ってきているような雰囲気です。ただ、せっかく登って来てくれたのであれば、こちらとしても北アルプスや中部山岳国立公園の魅力を紹介して、たとえば丸山ぐらいまで往復して帰ってもらえればと思っているのですが、言葉の問題もあって十分に伝えきれていないのが現状です。今後も継続して外国人の方が大勢いらっしゃるのであれば、そうしたコミュニケーションの面をどう改善していくかも考えていかなければと思っています」
最後に、これから西穂山荘をどんな山小屋にしていきたいと考えていますか?
村上「西穂高で代々山小屋を営む者として、山域の魅力をこれまで以上に広く伝える努力をすることはもちろん、山小屋周辺や穂高の稜線の自然や景観がこれからも変わらず残り続けるように守っていかなければならないと考えています。それが現場にいるわれわれの役割なんじゃないでしょうか」
