■紅葉の雲ノ平を見たい。
北アルプス北部に広がる、黒部川にぐるっと囲まれた、まるでテーブルのような溶岩台地に「雲ノ平」という名前をつけた人は誰なのか。とてもセンスを感じる美しい名前だと思っている。
筆者が雲ノ平を初めて訪れたのは夏、水晶岳や黒部五郎岳などの名峰をバックに、岩や池、花々が庭園のように調和を保つ姿にとても驚いた。勿論そんなことはないが、ここにはまるで腕のいい庭師が常駐しているのではないかと疑った。
訪れて素晴らしいと思うと、季節ごとにどのように変化するのかが見たくなった筆者は、秋の紅葉の時期に再度入山した。
富山市折立という、有峰林道を進んだ入山口から太郎平小屋、薬師沢を経由した。9月下旬、高天原(たかまがはら)温泉の入浴も含めて、3泊4日の行程とした。
■太郎平に秋の気配
折立からつづら折りの道をせっせと登ると、ちょうど疲れ切ったところにベンチがあり、そのあたりから景色は変わり、草原の中を進んでいく。やがて太郎平小屋にたどり着く。
太郎平小屋は薬師岳へ登る道や、黒部五郎岳へ向かう道、そして薬師平へ下りる道など、山の交通の要所となる小屋だ。1日目はこちらにお世話になった。
太郎平小屋付近はすっかり秋めいていて、からっとした空気の中で草紅葉が黄金色に輝いていた。夕方には遠くに雲海が見えた。
翌日は薬師沢へ下り、雲ノ平に登った。夏に来た時は、湿度が高く蒸し暑かった。秋はからっとしていて爽やかであった。
薬師沢小屋から雲ノ平までの鬼のような登りも、夏の時より幾分楽に登れた気がした。木道が現れ、雲ノ平のテーブルにたどりついたのだと感じた。
ぱっと広がる素晴らしい空間に声を失った。大きな岩がゴロゴロとしている台地の向こうに水晶岳が見える。岩の間には紅葉したチングルマが庭園らしさを引き立てていた。
夏の始めに白くかわいらしい花をつけていたチングルマも、花のあとで綿毛になり、その綿毛も飛んで行って、かざぐるまのようになった。真っ赤に紅葉した葉と合わさり、繊細な美ができあがる。それが岩にへばりつくようにして、ハイマツの緑、ワタスゲなどの黄色の草紅葉がパッチワークのように重なり合わさる。
秋晴れの空の下で眺める庭園を一つひとつ鑑賞しながら移動する。たまにホシガラスがギャーギャーと鳴くが、それ以外はとても静かだ。
澄んだ空がくっきりと水晶岳を見せてくれた。山頂部分は岩だらけで、裾に向かうに従い広葉樹やナナカマドが色づいていた。
紅葉と聞くと、もみじや楓などの赤や黄色にビビットに色づいた風景を思い出すが、雲ノ平付近の紅葉は、そのような種類の紅葉ではないなぁと筆者は思う。荒々しい岩肌としみじみとした色合いが重なり合わさる美しさだと思う。