2023年も残すところあとわずか。年末から年始にかけてはご来光を目的とした、いわゆる“正月登山”を行う人も多いタイミングです。クリマス寒波で大荒れとなった地域が多かったですが、再び気温が上昇して天候も落ち着いているようです。

 この年末、筆者が長野県小谷村にある登山相談所に勤務して感じたのは、コロナ禍も落ち着き、海外からのゲストがかなり増えていることです。ほぼコロナ禍以前に戻ってきている印象です。まとまった降雪もありましたが、それまでの積雪量が少なく、整備されたスキー場内は問題ありませんが、山での滑りを存分に楽しめるコンディションではありません。そのためバックカントリーでの滑走目的で入山するスキーヤー、スノーボーダーの数は例年ほど多くないようです。

 多くないとはいっても一定数は入山していますし、今後の状況次第で増加するでしょう。そこで、自分たちで対応できない遭難時に最後の頼み綱となる登山届について、実際の捜索・救助に役立てるためのヒントを加えて、あらためてお知らせしたいと思います。

■「自分たちのため」捜索・救助活動の要! 登山届

2023年12月28日撮影。長野県小谷村、栂池登山相談所より

 全国で「登山条例(登山届提出条例)」が制定され、“登山届(※入山届、計画書など名称は様々です)”への意識も変わってきたようです。夏山や秋山シーズンの盛期、年末年始など、人気の山域で入山者が多い登山口に“登山相談所”などの名称で登山届を提出する場所が設けられているところもあります。

長野県登山安全条例について:https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/tozanjorei/tozanjorei.html

 相談所の前で立っていると、以前は面倒そうに避けるように足早に去っていく入山者も多かったですが、最近ではその必要性を認識して積極的に役立てようとしている人も増えてきた気がします。

※登山届に類する書類の用途については、入山許可など他の目的で提出が必要なケースもありますが、この記事内では一般登山者の救助に焦点を絞って書いています。

 少しでも早く歩きだしたい登山口で、行程やメンバーの全員分の連絡先等を記入するのは煩わしいですよね。オンラインでもフォーマットをダウンロードできる山域もありますし、規定の様式でなくても山岳会等で使用しているものでも必要事項が明記されていれば問題ありません(※筆者の所属する遭対協では受け付けています)。事前に登山届を用意しておくと提出が迅速に行えます。

 一般的には警察や遭対協が救助活動を行うには、以下のようなパターンがあります。
1)行動困難、生命の危機に繋がるような事態に陥った際、自分たちで救助を要請
2)「山に行ったまま帰ってこない」と同居者、家族などからの通報
3)山中で事故、遭難者を偶然発見した第三者からの通報
この際、迅速な救助活動に欠かせないのが登山届です。その内容にあるパーティーのメンバー構成や山中での行動予定、装備品などが捜索、救助活動の大きな助けとなります。

 オンライン登山届も普及し、Web上で提出できるようになったため「〇〇で提出してあります」と言われることも増えてきました。もちろんそれで十分(提出したオンライン登山届が入山都道府県の警察で対応しているかは要確認)なのですが、せっかく警察や遭対協などがいる場所であれば、山の状況を尋ねがてら有益な情報収集するくらいの余裕があってもいいかもしれません。コミュニケーションをとっていれば、捜索の際にも役に立つのは実感しています。

■現場で提出するだけでいい?  出かける前にやっておきたいこと

数年前の1月1日。ヘリによる救助シーン。深い沢に迷い込んで脱出できなくなって救助要請。地上部隊が駆けつけ、ヘリで吊り上げて救助されました

 相談所で対応していて気になるのが、先ほどの(2)“「山に行ったまま帰ってこない」と同居者、家族などからの通報”の部分です。窓口で登山届を記入、提出しただけでは不十分な可能性が高いです。とくに“下山届”を必要としない山域では、帰りを待つ人からの通報こそが頼みの綱の場合が多いです。

 深刻な事故ほど、本人や仲間が救助要請をできないケースもあります。単独山行の場合は特にその可能性が高くなります。捜索・救助活動の第一声は、家族などの同居者に頼るケースがほとんどでしょう。その要請が早ければ早いほど助かる可能性が高いのは当然ですよね。一方、Web上での登山届の普及は、その手軽さ以外にも良い一面があります。それは提出する際、緊急連絡先にも登山届が届くように設定できることです。

 同居者へ出かける山の話をするだけでなく、必ず登山届(同様のもの、またはコピー)を“帰りを待っている人”の元に置いてくることを強くお勧めします。“自分の身を守るため”のこれも自己責任の一環だと思います。緊急連絡先となっている人や家族が山に詳しければいいのですが、「なんだか長野県の山に行くって言っていた……」程度の情報では、捜索作業は困難を極めます。

登山届は予め記入しておくとスムーズですし、パーティー内でお互いの緊急連絡先も把握できます。同居者にコピーを置いていくことも可能に

 同居者がいない場合は、信頼できる友人や勤め先などに登山届(同様のもの、またはコピー)を渡すと共に下山予定時間を伝えておき、下山時に連絡することを忘れずに。さらに「もしこちらから連絡が来なければ確認して」と頼んでおいてもやり過ぎではないと思います。まれに日帰りの駐車場に車が停めっぱなしになっていたことから遭難が疑われた場合や宿泊先から警察に連絡が入って捜索が開始されるケースもありますが、他力本願では助かるものも助からない可能性が高いです。場所や天候等により救助にはかなりの時間がかかる場合もあります。速やかな第一報、そこからの初動の迅速さを左右するのも登山者自身の“ひと手間”にかかっています。

 相談所で勤務していて感じるのは、パーティー内でお互いの緊急連絡先を知らないことです。事故に遭った人に意識がない場合があります。緊急連絡先など親近者の情報をパーティー内でお互いに共有しておくことも忘れずに。救助されても一刻を争うような場合に大事な人への連絡に手間取っていては後悔してもしきれません。そもそも登山届(登山口で用意されているようなものは簡易的なもので、本来はより詳細な内容の計画書)はメンバー全員が山行中に携行する装備品です。山岳会や山岳部、ガイド山行などではきちんと準備して、その写しを提出してくれるパーティーも何割かはいます。

 筆者自身、山仲間の事故と訃報を近親者に伝えるよう、そのパーティーのメンバーより依頼されたことが過去にありました。大切な役目だと思って引き受けましたが、電話口での悲壮感を思い出すと今でも辛さが込み上げてきます。山(に限らないですが)では、事故は誰にでも予告なく訪れる可能性があります。くれぐれも慎重に無理をしないように山を楽しんでください。