「同じ場所ばかり滑っていると飽きないの」と、言われることがあるかもしれない。滑っている側からすれば、場所は同じでも条件は毎日変わるから、飽きる理由がないのだ。滑るほどにスキー場の状況が手に取るようにわかり、精度の高い積雪予測や溜まっている場所の目星がつけられるホームマウンテン。ひとつのスキー場やBCエリアを知れば、その場所の魅力に気づくのは間違いない。ここからはホームマウンテンにまつわる様々な話をお届けしよう。
■Mt.乗鞍スノーリゾートと齋藤悠士
齋藤悠士(Yushi Saito)
アルペンスキーからハーフパイプのコンペへ転身後引退。'16季より地元、乗鞍高原で旅館を営みながら写真や映像で自らのライディングを表現し続ける。最近では得意の語学や撮影技術を生かし、海外へ行くスキー選手達のサポートを行う
●スキー場の良し悪しは規模じゃない。どう遊ぶかをイメージする
Mt.乗鞍の麓にある宿が実家の齋藤悠士は、物心がつく頃から目の前にあるスキー場を滑り続けている。年月を重ねても楽しみを見出だせる理由と山のポテンシャルを探った。
●遊びが基礎にある斎藤悠士の幼少時代
Mt.乗鞍スノーリゾートは北アルプスの標高3,026mの乗鞍岳の麓に位置するスキー場だ。標高は2,000m近くあり、内陸部に位置するだけに冷え込みは強く、そのぶん本州でも随一のドライな雪質を誇っている。縦に長いコースレイアウトは最長5kmの滑走距離があり、最大斜度35度の斜面をはじめ、ツリーランや落ち込み地形などバリエーション豊かなコースが全部で20。スキー場トップからは剣ヶ峰や富士見岳を目指してバックカントリーへ出ることができる。さらに、全国的に有名な白濁の乳白色温泉があるのも忘れてはならない。
そこをホームマウンテンにするのが齋藤悠士だ。プロスキーヤーだった父親のもとに育った彼はスキー場に面した旅館が実家。目の前がゲレンデという恵まれた環境のもと2歳からスキーを始めた。幼少期は周辺宿のスノーボードのアルバイト達の後をついていくのが日課で、パークのキッカーを飛んだり、林の中を滑ったりする毎日。当時から目立つことが好きで、アイスバーンのスパインでコザックをきめると、リフトに乗っていた人たちが、湧いたのを今でも覚えているという。
小学校3年生になると地元のアルペンジュニアチームに入り、それからは競技一色の生活へ。毎日練習に打ち込む日々を過ごした。高校は地元を離れて県内のスキー強豪校の飯山高校へと進学。卒業後は、1年間の語学留学を経て、フリースタイル種目へと転身し、ハーフパイプで五輪のメダルを目指して、海外のスキー場でトレーニングを積んできた。しかし、怪我をきっかけに競技生活を断念。実家に戻って宿を引き継ぎ、再び地元に根づいてスキーをするようになった齋藤に話を聞いた。
●フリースタイルスキーがスキー場の見方を変えた
「はじめ、地元へ帰ってきたときに、『あれ、こんなに小さいスキー場だったっけ?』って思っちゃったんですよ。海外をはじめいろんなスキー場を滑っていたので、自分が育ったスキー場は、規模が小さくて派手さが少ないなって感じました。でも、それって一つの面からしかスキー場を見ていなかったんです。
●いろんな地形を見ていたら、ここでこんなトリックができるかもってイメージが沸々と湧いてきた
改めてスキー場を滑って、いろんな地形を見ていたら、ここでこんなトリックができるかもってイメージが沸々と湧いてきたんです。フリースタイルスキーを経験したことで、小さい頃にやっていたスキーの感覚も思い出したというか。でも、実際に地形で頭の中で想像したトリックをやってみたら案外それが難しくて。それで、自分の技術をもっと高めたり、創造力を働かせて滑ったら、もっと可能性が広がってこんな遊びができて面白いぞって思っちゃったんです。そこからです。スキー場の見方が変わって面白くなってきたのは。
スキー場の下部にこれまでだったら素通りしていた、浅いハーフパイプのような溝があるんです。そこをスイッチで滑ったりアウトで回転するようにしてからは、スルーできなくなりましたね。他にもツリーランや落ち込んでいる地形、コースサイドから飛べる場所など、スキー場全体で見渡せば、地形で遊べるところだらけです。子どもの頃に比べて非圧雪エリアが増えたから、パウダーも狙いやすくなっているし、無駄な規制も少ないスキー場なので、よく探せば夕方まで新雪が残っている箇所がいくつもあります。
●自分の技術をもっと高めたり、創造力を働かせたらもっとスキー場を遊べる可能性が広がる
僕はとても恵まれたことに、スキー場の理解もあって、「プロスキーヤーの撮影」という名目でここ数年色々なことに挑戦できました。平日に特別な許可をもらい迂回路を飛び越えるロードギャップのキッカーを作ったり、春には毎年、圧雪車で宿の目の前に雪を盛って巨大なジャンプ台を作ってもらい、パフォーマンスイベントを開いたり。無茶苦茶なお願いをスキー場が聞いてくれ感謝しています。
どれも、Mt.乗鞍の新たな一面を発信し、たくさんの人の目に止まることで、愛着あるこのスキー場に足を運んでほしくてやってきたことです。
白馬や野沢に比べれば、頻繁に新雪が滑れるわけではなく、降雪量もそこまで多くはありません。でも、そのぶん乾燥した上質な雪が積ります。軽い雪が30cmも降れば、他の地域の60cmくらいの感覚です。シーズンによってはコンスタントに降り積もり、一晩で50cmという時もありました。降雪のタイミングは白馬や野沢とずれているので、向こうが降っていない時は乗鞍が降っていることも多いです。」
●四季彩の宿 やまぶき
テクニカルコース下部に建つ斎藤の実家。通年営業をしており、白濁の乳白色の乗鞍温泉に24時間いつでも入れる。目の前がスキー場という好アクセス。いいタイミングの時を狙い宿泊して朝イチからパウダーを滑りたい。